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白ゆき姫殺人事件

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『白ゆき姫殺人事件』湊かなえ

定価:1,400円(本体)+税 7月26日発売

『白ゆき姫殺人事件』刊行記念インタビュー
「自覚のない悪意」の怖さ

次々にヒット作を飛ばす湊かなえさんの最新作は、女性の噂話や週刊誌の憶測報道の怖さをテーマにした、一筋縄ではいかない意地悪目線のミステリ。自分は果たして他の人からどう見られているか――我が事に置き換えてみると、読後に背筋がすうっと冷たくなるようなスリリングな物語です。著者の湊さんに、この小説の創作秘話を伺いました。

■美人とそうでもない女性が同じ職場にいたら

──『白ゆき姫殺人事件』は、化粧品会社の美人OL・典子が殺害され、同僚の美姫が失踪したことから、美姫に疑惑の目が向けられていくというストーリーです。典子が白雪姫になぞらえられていたり、化粧品会社のヒット商品が「白ゆき」という洗顔せっけんだったり、いろいろなところでグリム童話の『白雪姫』とリンクしてくる小説ですね。

 そうですね。私は今まで「○○殺人事件」というタイトルの小説を書いたことがなかったので、まずそれをやってみたいと思いました。次に考えたのは、"殺人"というのは人の息の根を止めることだけじゃない、広い意味での"殺人"ということもありえるのでは、ということ。その場合、絡んでくるのは嫉妬だと思い、舞台を化粧品会社にしました。女性が多くて、美を追求する商品を扱う職場なので。そこで連想したのが『白雪姫』です。童話ですが美しさへの羨望と嫉妬という、いつの時代も変わらない女性の心の根底にあるものが描かれている。美の象徴みたいな存在で、みんなが知っているきれいなお姫様といえば、白雪姫ですし。つい最近まで知らなかったのですが、今年はグリム童話が誕生して二百年で、記念のイベントや映画もあるようです。なので、いいタイミングでこの本を出せたなと思っています。

──本書からも『白雪姫』からも感じられることですが、美が絡んだ女性の感情には、一筋縄ではいかない複雑さがありますね。

 もともと、「人を判断するとき、見た目はどうしてもかかわってくるものなのかな」という素朴な疑問がありました。例えば同じ職場に美人とそうでもない女性がいたとしたら、そうでもない女性は美人に嫉妬していると、周囲から勝手に思われたりする。そんな感情などない女性からすれば、「なぜ?」という感じですよね。私自身、アパレルメーカーに勤めていたことがありますが、美への敏感さが人によってあまりにも違うことに、驚かされた経験もあります。女性だけの研修があったのですが、「私たちは容姿に自信を持っていいと思うの!」と突然話し始めた人がいて。何をいい出すのかと思ったら、彼女は「私たちは、ブランドの顔と認められたのだから」というんですね。これにはびっくりしました。私は「大学が被服科だったし、やる気が伝わって入社できた」と思っていましたが、彼女は顔で選ばれたと思っていたんだ、と。同時に、きっと彼女は職場内の美人ランキングをつけているんだろうなと、複雑な気持ちになりましたね。

──入社といえば、美姫がグループでの入社面接で、次の順番の典子から受けた仕打ちには、うっすらとした意地悪さを感じました。

 前の人を否定しながら笑顔で自分の良さをアピールする、というやり方ですね。同様のことを私も経験しました。私が就職活動をした頃は、履歴書に本籍地も書いていましたが、地方出身だったので面接官に「ご実家に帰らなくてもいいんですか?」と訊かれたんですね。「両親からはやりたいことをやっていいといわれています」と答えると、次の人は違う質問をされたのに、「私は地元出身です!」と最初にアピールしたんです。横目で私のことを見ながら(笑)。「いやだな」と思いましたね。

──本作に限らず湊さんの作品には、このような登場人物の性格を鮮やかに表すエピソードが随所に出てきて、強いリアリティを感じます。これは湊さんの記憶力や観察力が功を奏しているのでしょうか。ご自分では、どう考えていらっしゃいますか。

 記憶力はそれほどよくないのですが(笑)。ただ、実際にあったエピソードを拾いながら書くときは、年月が経っている分、それを客観的に見られるようになっていると思います。先ほどの「いやだな」と思った人も、今考えれば一所懸命だったことがわかりますし。

■デビュー作での体験から着想

──本作は、おおまかにいって二部構成になっています。前半はフリーライター・赤星の取材に応じた美姫を知る人たちの噂話、後半は赤星が書き込みをするコミュニティサイト上のやりとりや週刊誌・新聞の記事です。これにはどのような意図があったのでしょうか。

 この小説は「小説すばる」とWEB文芸の「レンザブロー」で連載したものをまとめたものですが、最初にいただいたのが「ふたつの媒体で連動した連載を」というお話でした。それで「小説すばる」では美姫を直接知っている人たちの話を書き、「レンザブロー」ではコミュニティサイトの動きや週刊誌報道を書くことで、「事件がどれだけひとり歩きしていくか」を表現したいと思いました。

──前半では、噂話が積み重なるにつれ事件の背景が明らかになりますが、同時に謎も深まっていきます。その理由は、語られる話ごとに美姫の印象がガラリと変わるからだと思いますが。

 そうですね。ひとりの人物を知る人たちの話を集めてみようと思ったのは、私の体験がきっかけなんです。デビュー作が映画化された頃、何人かの知り合いが私についてメディアの取材を受けたのですが、どんなことをいったんだろう、とすごく気になったんですね。その人にとって私はどう見えているのか、それは自分が思っている自分とどう違うのか。そういうことがわかる機会はなかなかありませんが、結婚式のスピーチはそれに近いかもしれません。新郎新婦をよく知っている親や友人なのに、「人となりを語るのに取り上げるのはそのエピソード?」みたいなことがあったりして。紹介すべきエピソードはもっと他にあったのに、とみんなが思ったとしても、人によって見方はいろいろだから仕方ない(笑)。そう考えたとき頭に浮かんだのが、マスコミで騒がれた事件の加害者や被害者のことでした。いわゆる普通の人でも、見方によって印象は変わるもの。それならば事件の関係者について語られるときは、その中に本当のことがどれくらいあるのだろう、どれくらい作られているのだろう、と。わりとみんな、そういうコメントをまとめた報道を、信用しがちだと思うんです。

──特に活字になったものは、真実だと受け止められがちですね。

 大多数が報道を鵜呑みにすることによって、事件が思わぬ方向へひとり歩きする危険性もあるのに。しかも、どんなに騒がれた事件でも、何年か経って裁判で決着がついた頃には、大半の人が興味を失ってしまっている。つまり、ひとり歩きして作り上げられた事件の印象だけが、ほとんどの人の心に残るわけです。私はそこに一番興味を持ったし、掘り下げていきたいなと思いました。

──人によって人の見方が変わることは、本作でも端的に表されていました。例えば、料理上手な美姫が作るお弁当を「あの豪華さは異常」という人がいたり、真面目な彼女を「陰気で暗い。呪いの力があるのかも」という人がいたり。

 昔、同級生の男の子が病気で学校を休んだとき、「早くよくなるといいね」と何気なしに友だちにいったら、その言葉がまわり回って「私がその子に好意を持っている」という話になったことがあります。友だちの食事の誘いを「用事があるから行けない」と断ったら、いつの間にか「不参加の理由は私がメンバーのひとりを嫌っているから」という話になったことも。これっていったい何なんでしょうね(笑)。もしかしたら表情や言い方で誤解されたのかもしれないけれど、例えば「私がある人を嫌っている」と感じた人が「嫌いなの?」とすぐに訊いてくれたら、その場で訂正できた。でもいろいろな人を介して話が伝わるうちに、それができなくなってしまう。話をする、語るって怖いことなんですよ。でも、間違った噂が広まって窮地に追い込まれたときこそ、本当に信頼できる人は誰なのか、わかることもあると思います。

──語る怖さといえば、「(女性は)頭の中での創作を誰かに語った瞬間に真実にすり替わる」という、篠山係長の言葉もありました。

 浮気したのに、「そんなことしてないもん」と三回力説すれば涙が出るのが女ですから(笑)。

──語ることで予想外の結果や怖い事態を招くこともありますが、それ自体は楽しい行為だと思います。本作でも、噂話をする人たちがどこか喜々としているのを感じました。

 「他の人には見えていないけれど、私にはこの事件が見えている。私だけが噂話の真相を知っている」とアピールしたい人はよくいると思います。語ること自体が大好きで、根拠もないのに自信満々な人とか。特に地方では、そういう「声の大きい人」のいうことがまかり通りやすいのではないかと思います。大学の偏差値より、その人のいう「いい大学」のほうが価値があることになっていたり。

──おしゃべり好きな人がマスコミの取材を受けたりすると、さらに盛り上がってしまうわけですね。

 そうですね。考えてみれば不思議ですが、人は知り合いにより、あまり知らない人に話すときのほうが、話を大きくすると思うんです。「(彼女の感情は)臨界点を越えてしまって」とか「(彼女の)闇を作ってしまったのは僕かもしれない」とか、普段使わない、少し難しげな言葉まで使ったりして。今どきの言葉でいうなら、"話を盛る"んですね。相手の顔色をうかがいながら話をして、「あれ、あまりうけていない?」と思うと話を盛る。たとえ最初は相手を牽制しながら話していても、「こういう情報がある」と聞くと、それを上回ることをいいたくなる。誰に向かってだかわからない、変なサービス精神ですけど。でも誰もがわりとやりがちなことだし、そうしているうちに事実が変貌していくこともあると思います。

■"盛られる"情報

──話すことだけでなく、書くことの怖さが伝わってくるのも、この小説の特徴ですね。

 赤星が取材した話を読んだあとで彼が書いた週刊誌記事を読むと、「いかに大げさに書かれるか」ということがわかると思います。これも私自身の経験ですが、青年海外協力隊に参加した動機がいくつかの媒体を通すうちに壮大なことになっていた(笑)。活字になる以前の情報が不確かなこともあれば、活字化する際さらに情報が"盛られる"こともあるわけです。もっと怖いのは、ネット上では誰もが書き手になって、不確かな情報を広めることができる点だと思います。

──一般の方のツイッターやブログなどは、普段ご覧になりますか。

 あまり見ないのですが、この小説を書くときはいろいろ見ました。真偽のわからないくだらないことでも、活字になると本当の情報のように見えてくるから不思議ですね。私の小説や私自身についてネットに書かれることもあるので、自分の知らない間に情報が書き込まれていく怖さを実感しています。間違った情報も多くて、自分のことなのに自分からかけ離れていく感じです。小説の結末をぼかして書いてあるのに、こうだと断定している人もけっこういるんですよ(笑)。ただ、「現実では知り合えない同じ趣味の人とネットで知り合えるのは楽しい」という気持ちはわかります。この小説には、クラシックのバイオリンデュオのファンが出てきますが、一般的にネットで情報を交換するファンたちはすごく熱心。でもファンたちが組織を作ると、傍から見ればおかしなところや難しい問題が出てくるみたいで ……。現実であれネットであれ、所属する場所ごとに人は違う面を見せるのかもしれません。

──最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。

 若い頃は特に「誰も私のことをわかってくれない」と考えがちですが、それは当たり前のことだと思います。なぜなら、自分ですら自分のことがわからないのだから。むしろ無理に自分をわかってもらおうとすると、誤解が生じるかもしれない。人と人の距離が近すぎると、見えなくなることもあるので。だから、できれば一歩引いた目で、自分や周囲を見るように心がけていくのがいいのではないかな、と思います。語ったり、書いたり、つぶやいたりするのは楽しいことです。でも同時に怖いことでもある。それを自分と重ね合わせて感じていただければ、この小説は面白く読めるのでは、と思っています。

聞き手・構成=山本圭子/撮影=古谷 勝
※こちらのインタビューは「青春と読書」8月号にも掲載されています。

湊かなえ(みなとかなえ)1973年広島県生まれ。07年に「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。08年、同作を収録した『告白』でデビュー。09年の本屋大賞1位に輝き、映画化、大ヒット。著書に『贖罪』『往復書簡』『境遇』『サファイア』など。作品の映像化の割合が非常に高く、12年には吉永小百合主演の「北のカナリアたち」(原作『往復書簡』)が公開される。


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