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担当編集のテマエミソ新刊案内

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たぶらかし

  • 紙の本

『たぶらかし』安田依央

定価:1,300円(本体)+税 2月4日発売

対談 荻原浩×安田依央

市井の人の「代役」を演ずる役者がヒロインの作品『たぶらかし』で第23回小説すばる新人賞を受賞した安田依央(やすだ・いお)さん。
かつて「レンタル家族」を題材にした作品を発表されたこともある荻原浩さん(第10回小説すばる新人賞受賞)と、デビュー作についてそしてこれからについて、語っていただきました。

「自分」という壁を突き抜ける

荻原 いや、ほんとにおもしろかった。まず、会話がいいですね。会話がおもしろいということは、人物が生き生きしているということで、登場人物に魅力があって、その人たちの掛け合いがすごく生きている。要するに、キャラクターがよく書けている。感心しました。

安田 ありがとうございます。うれしいです。

荻原 いろいろ聞きたいことがあるんですけど、一番聞きたかったのは、前回まで応募していたときの筆名が「鰓(あぎと)ノーチェ」でしょ。あれはどういう意味なんですか。

安田 もともとバンドをやっていまして、そのときの芸名というんですかね、それが鰓ノーチェだったんです。

荻原 特別な意味がなにか?

安田 別にないんです。たまたま国語辞典を見ていたら、「鰓」って書いて「あぎと」って読めるんやって知って、なんかかっこいいなと。で、「あぎと」だけではちょっともの足らんなと思って、わたしはスペイン語がすごい好きなので、スペイン語で一番好きな言葉といえば「ノーチェ」ではありませんかと。

荻原 ノーチェってどういう意味?

安田 夜です。夜という意味も好きなんですけど、「ノーチェ」という響きがすごい好きだったので。

荻原 改名して大正解ですね(笑)
 意味はすごいし、意欲も伝わるんですけど、もし鰓ノーチェのままだったら、まず間違いなく、「えらノーチェ」って読まれると思う。

安田 そうですよね。

荻原 バンドのほかにも、演劇もやられていたそうですね。

安田 はい。十七、八くらいからバンドをずっとやってきたんですけれども、どうも、自分かっこつけてるなという部分があったんです。で、表現の幅を広げたいなと思って、二十代半ばのころ、演劇学校に二年ほど行ってたんです。でも、演劇をする上でも、一番壁になったのは「自分」だったんですね。

荻原 自分?

安田 役に入り込むためには、自分という壁を一つ突き抜けないと芝居ができない。どこかで恥ずかしいと思っている自分がいると、芝居自体がかっこつけたものになってしまう。その壁を突き抜けたかったんです。

荻原 自意識みたいなのが出ちゃうと、その役になりきれない、素(す)が出ちゃう。

安田 そうです、そうです。

荻原 もしくは、ちょっと自分、かっこいいでしょうみたいな、ナルシシズムが出ちゃうようになる。

安田 演劇をやる以前のバンドは、わたしは「暗黒系」とご紹介していますけど、つまり暗いどろどろした音楽なんですね。よくありますでしょう、心の叫びを歌うというか、実にクサーい歌詞ですねみたいな。いうたら、尾崎豊みたいなのとか、そういうのはかっこ悪いなと思っていたところがあって。今から思うに、歌をつくるときも、ちょっとかっこつけていた部分があったんですね。

荻原 劇団に入っていたんですか。

安田 実際に「たぶらかし」のマキみたいに劇団でやってたわけではないんです。それに劇団には入れないなと思っていたので。

荻原 それはなぜ?

安田 なにを表現するかというところでぶち当たったというか、今ある演劇、商業演劇にしても、あるいは小劇場とかにしても、自分の表現したいことを表現できる場ではないんじゃないかなと。じゃあ、わたしの芝居というのはどこでやるべきなのか、と考えたときに出てきたのが「たぶらかし」なんです。

荻原 文章の中で芝居をやってみようということ?

安田 それもですし、自分の演劇のスキルがどの程度のものかわかりませんけれど、もし芝居をするのであれば、その舞台は、帝国劇場の舞台とか小屋とかではなく、その辺を歩いている人の中にまじって、自分の芝居がどこまで通用するかやってみたいな、と。

荻原 自分で考えていたことを小説に書いたわけですか。

安田 実際に、ああいう仕事をやっていた可能性ももしかしたらあるかもしれない、と。

荻原 でもORコーポレーションみたいな会社はないでしょう?

安田 ないです(笑)。

荻原 ぼくは『母恋旅烏』という小説で、レンタル家族のことを書いたんですけど、当時、レンタル家族を派遣する会社がほんとうにあったんですよ。マキさんとはまた違って、家族で孤独なお年寄りのところへ行ってなぐさめるとか、結婚式のサクラをやったりとか。
 ぼくが読んだ記事は、現代人の孤独をなぐさめる心温まる話みたいな文脈で書いてあったんですけど、傍から見たら絶対おかしいだろうと思って。嘘の家族なのに、みんなで「おばあちゃん」とかいって、子役までいるというシチュエーションって、すごくヘンですよね。じゃあ、その人たちはどういう人たちかというと、素人じゃ無理でしょ。
 それで、元大衆演劇の人たちを主役に書いたんですけどね。「たぶらかし」にも、そういう嘘がもっているあやしさがとてもよく出ている。

小説を書いているうちに知らない自分が出てくる

荻原 バンド、芝居から、どうして小説に?

安田 もともと十代から小説は書いてまして、十九、二十ぐらいのときは純文のほうを目指していて、実は、「すばる文学賞」にも一、二度応募したことがあったぐらいなんですけど。でも結局、かっこつけ文学というんですか、人生とは? とかいいながら ……。で、ある日、自分は本来お笑い体質やのになにをやってたんやろうと気がついたんですね。純文というのは、書いてたら肩凝るし、もうしんどいわということで、ちょっとシフトチェンジを。
 演劇をやったことがすべてではないんでしょうけど、やっぱりそこでなにか転換があったと思うんです。それに、お笑いという一つの方法論で、いえなかったことを表現できる道をもしかしたら見つけたのかもしれないなと。大げさな話なんですけど。

荻原 さっき、演劇をやっていて自分という壁があったといってましたけど、小説も、あまり自分を出しちゃうと、多分読む人にとってはつらいんですよね。それもあってぼくは、小説って、書くものじゃなくて、人に読ませるものだと思っているんですよ。
 だから、「このおれの気持ちを受けとめて」みたいなことを文章なり小説でやろうとしたり、おれって、かっこいいでしょう、賢いでしょうみたいなところが文章に出ちゃうと、だめな小説になっちゃう気がする。
 自分の思っていることを気取られないように一つのお話にして、なおかつ読む人が、おもしろがったり、はらはらしたり、どきどきしたり、怒ったりと、読む人の感情を揺さぶりながら一つの物語をつくりあげていく。その上で、どこかで自分の思いをサブリミナル効果のように伝えられればいいんじゃないかな。

安田 なるほど。なんか、あやしい詐欺師みたいなことをいいますけど、小説を書いているうちに知らない自分が出てくる。小説を書くってことには、そんな仕掛けがあるような気がするんです。

荻原 それはあるかも。安田さん自身にそういう経験が実際にあるんじゃないですか。

安田 「小説すばる」のインタビューでもいいましたけど、小説を書くことが信仰に近いと思っているんですね。結局、わたしにとって小説を書くというのは自分の思考を形づくるためのものだというのがあって、そこがどこか独りよがりになっていたんですね。前回、最終選考で、選考委員の先生方に、読者のことを考えていないって酷評された部分があったんですけれども、結局そういうことだったのかなと思います。
 今回はまず読んでもらうことを考えなければということで、ようやくこの場にたどり着けたというか。

荻原 それがよかったんだと思いますよ。小説を書くのが自分の信仰だと思うのは悪いことではないし、それはそれですごいモチベーションだとは思うけど、これから、二作、三作と書いていくときには、それとは別に、だれかに読んでもらいたいというのを意識して書いていったほうがいいと思います。ちょっとおじさん、偉そうになってますけど(笑)。

デビュー作のタイトルは大切に

荻原 二作目は、もう書き始めているんですか。

安田 はい。

荻原 どんな感じの?

安田 シューカツってご存じですか。

荻原 就職活動?

安田 いえ、終わる活動の「終活」です。二〇一〇年の流行語大賞にもノミネートされてたんですけど。実は、自称、わたしがつくった言葉なんです。
 わたしは司法書士が本業なんですけど、遺言とか相続とかを扱うことがありまして、自分らしい人生の終わり方、エンディングを考えていこうと。たとえば、死後のことをきちんと用意しないまま亡くなってしまうと、往々にして遺族の間でトラブルが起こる。そういうのをたくさん見てきたので、それを防ぐにはどうしたらいいかなということを考えるNPOの会をつくったんです。
 そのNPOの主催で、二〇一〇年の夏に「終活ファッションショー」というのをやったんです。

荻原 ファッションショー?

安田 自分が亡くなってお棺に入るとき、どんな格好で入りたいかというのをテーマに、出演者を募集して、その服で実際に歩いてもらったんです。お葬式のときにかけてほしい音楽を流して、大切な人たちに残すメッセージを読んだり、そういうイベントをやったんです。

荻原 参加された方って、どのくらいの年齢の人が多いんですか。

安田 一番若い人が二十八歳で、一番上の方は七十五歳です。

荻原 お年寄りだけというわけじゃないんだ。

安田 事前に備えようというのが主眼なので。

荻原 自分が死んだときに面倒かけないように備えるというのはわかるけど、ぼくよりずっと若いのに、死とかって考えたりします?

安田 私はずっと ……。

荻原 考えてる?

安田 はい。仕事柄だと思うんですけど、実際に相続争いとかに巻き込まれたりもしましたので。なんか昔から人の生き死にを考えるところがあって、これまで書いたものでも、お葬式とかがよく出てくるんです。

荻原 根はまじめなんですね。ものごとをすごく深く考えるほうでしょう。

安田 意外や意外、そうなのかもしれないですね(笑)。

荻原 そういう深刻なことを考えつつ、結構笑えちゃうのを書けるってすごいよね。ぼくが一番笑ったのが、ORコーポレーションのベテラン女優のおばあさん ……。

安田 本条トメイですか。

荻原 そう。トメイが語り出した途端みんなが号泣するんだけど、彼女が語っていたのは、実は焼きソバのレシピだったという。

安田 実際そうなんですよ。本気で悲しいと思いながら焼きソバのレシピを語ると、ほんとに悲しくなる。もちろん、聞かせている相手を泣かせることが、わたしにできるかどうかはわからないですけど、可能性としては絶対ありますね。

荻原 あれっ、なんの話だったっけ? そうそう二作目(笑)。

安田 終活ファッションショーは大成功だったんです。出ていただいた方はみなさん、トラブルも起こさずに真摯に向き合ってくださる方ばかりで、すごくやりやすかったんですけど、これはちょっとできすぎやったなって思うところがあって。だから逆に、やりにくい人ばかり出てくるというのを書いたらおもしろいんじゃないかと。

荻原 うまくいきすぎると、落ちつかないんじゃないですか。尾崎豊の曲に対して反発するのと似たような感じで。自分のやったことなのに、それを褒められると破壊してしまいたいというような。

安田 大体褒められると、破壊こそしませんけど、「いや、そんな」っていいたくなるんですよ。ちょっと気ィつけなあかんなと思ってるんですけど、褒められると、ありがとうございましたっていわずに、「いやいやしかしね」といいたくなるタイプなんで。

荻原 ぼくもそう。褒められるとかゆくなったりする。

安田 そうそうそう(笑)。

荻原 そんなことがあるはずがないという、マイナス思考がぶわっと。

安田 マイナス思考というか、天の邪鬼っていうんですかね。なにかいわずにはおれないところがあるんです。

荻原 余計なことをいってしまうんですよね。

安田 そうそう。一言多いんです。

荻原 うん、わかる(笑)。
 ところで、作品のタイトルも応募作から変えたでしょう。

安田 はい。最初は「百狐狸斉放」に「たぶらかし」とルビを付けていたんですけど、単行本は平仮名で「たぶらかし」に。

荻原 あれも正解ですね。ぼくも最初のタイトルは「牛穴村 新発売キャンペーン」で、それを「オロロ畑でつかまえて」に変えたんですよ。とにかく最初のタイトルは選考会で大不評だった。なんかね、かっこいいタイトルを考えるのが嫌だったんです。たとえば「忘却のなんとか」とか「青春のなんとか」というのが恥ずかしくて。それに、小説というのはタイトルじゃない、中身だという理屈をつくって、タイトルは絶対凝らないぞ、一番つまらない名前にしようって。
 でも、あまりに不評だったので、編集者から変えろっていわれたわけです。そうすると、そのころコピーライターをやっていましたから、いつもの悪い癖が出て、二十個ぐらい考えてファックスを送ったら、「オロロ畑受けてました」とかいわれて。自分の中では、ちょっと勘弁してほしいなと思ったんですけど、もう流れはとめられず。

安田 へえー。

荻原 でも、後でいわれたんですよ。後々、略歴がどんなに足されようと、デビュー作はほぼ必ず載るものだから大切にしたほうがいいって。確かにそれはほんとうで、ずっとオロロ、オロロと書かれ続けています。

安田 実は、七年前に最初に応募した作品のタイトルが「たぶらかし」だったんです。で、最後にタイトルを付けなきゃいけないのに、締め切りまで十五分しかない。でも「たぶらかし」以上のものが出てこない。もともとキツネとタヌキの化かし合いの話なので、心のうちでは「狐狸(こり)」って呼んでたんです。で、辞書を捲(めく)っていたら「百花斉放」が目にとまり、「狐狸狐狸ばなし」のイメージもあったので、花の代わりに狐狸を咲かせたろうやないかということで百狐狸斉放って書いて、ルビに「たぶらかし」って入れて。

荻原 でも、「鰓ノーチェ」と同じで、それじゃ読めないから、こちらも改題が大正解ですね。
 さっき、人の生き死にに関心があるっていってましたけど、これからも生と死というテーマは書いていくつもりですか。

安田 はい。おそらく一生それをやっていくのではないかと。あと何年生きるかわかりませんが、生きている限りは。
 たとえどんな話を書いたとしても、根底にはそれがあると思うんです。今度の「たぶらかし」もそうですけど、それもライフワークとしてというか、わたしの中に流れている血だと思っているので。

荻原 今後の作品が楽しみですね。

(構成・増子信一/撮影・中野義樹)

※この対談の初出は、「青春と読書」2011年2月号です。

荻原浩(おぎわら・ひろし)●1956年埼玉県生まれ。『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞、『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞を受賞。著書は『さよならバースディ』『千年樹』『砂の王国』など多数。現在、小説すばるに『オロロ畑につかまえて』『なかよし小鳩組』の続編となる「花のさくら通り」を連載中。

安田依央(やすだ・いお)●1966年大阪府生まれ。『たぶらかし』で第23回小説すばる新人賞を受賞。(第18回、第22回でも最終候補に)ミュージシャン、司法書士、NPO法人主宰など、さまざまな「顔」を持つ。

人生の中ですれ違うさまざまな人々。

たとえば子どもの同級生のお母さん、たとえば甥っ子の結婚相手、
たとえばテレビでみる不祥事で謝罪する大企業の役員。

その人たちが、実は雇われた「役者」だったとしたら……?

そんなスリリングな物語が、この第23回小説すばる新人賞受賞作『たぶらかし』です。

舞台女優の夢破れた39歳のマキは、今はとある事務所に所属し、
市井の人々の中で、誰かの「代役」を演じています。

多忙なセレブ社長に代わり彼女の夫と息子とともにお受験にのぞんだり、
夫の親戚との付き合いを拒否する新妻に代わりにこやかに挨拶回りをしたり、
果てはワケあり葬儀の「死体役」まで! 

仰天シチュエーションの連続ですが、とはいえ、読みすすめているうちに、
「はて、では現実の、自分の周りの人たちは、本当に皆本物なのか!?」といった
奇妙な気分にも陥ります。また、自分だって他人と接するとき、
「こういう人間だと思われたい」と、相手に合わせて
多かれ少なかれ「演じている」ところがあるのではないか……?
思わず我が身を振り返ってしまったりもします。

突飛なようでいて、実はとてもリアルな小説なのかもしれません。

(編集I)


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