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内容紹介 自由なサメと人間たちの夢 渡辺優  ページトップへ
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もうサメになりたい、なんて気分のときに、寄り添える作品となれば幸いです。夢に囚われ、夢に癒される人々と、自由なサメのお話です。 ――渡辺優
著者紹介 渡辺優(わたなべ・ゆう) 1987年宮城県仙台市生まれ、仙台市在住。女性。大学卒業後、契約社員として働きながら小説を執筆し、2015年に「ラメルノエリキサ」で第二十八回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。試し読み 冒頭部分を特別公開! 短編集『自由なサメと人間たちの夢』より
ラスト・デイ

 さて、私は死にたい。本当に死にたい。心の底から死にたい。
 そんなことを言うと世の中には、じゃあ死ねば? とか言ってくる思いやりの欠如したクズ共がいる。クズ共め。しかし私は死なない。もちろん死なない。すると想像力の欠如したクズ共は、なんだ本当は死にたくなんかないんじゃないか、とか言ってくる。まったく愚かしい限りである。私が死なないのは、死にたくないからではない。一度しか死ねないからもったいないのだ。
 人は一度しか死ねない。臨死体験で一度死んだとか言い出すやつもいるが、そういうのは全然死んでいない。果たして死の定義とは、なんて話はどうでもいい。百パーセント死んでもう生き返らない、はい、終了、という状態を死だとするなら、人は一度しか死ねない。
 私が死にたいのはひとえに憧れのためである。死って素敵。劇的でドラマチック、ロマンチックだ。生きるのもそれなりに愉快で楽しいけれど、希死念慮が強すぎて結局死にたい。命を犠牲にしてでも死にたいくらい死が大好きなわけだから、一度しか死ねないのにそうやすやす死ぬなんてもったいなくてとてもできない。だから私はなんちゃって自殺未遂を繰り返し、クズ共をすっかりうんざりさせている。
 さて、私は今、総合病院の精神科、開放病棟に入院している。私の人生においてこの状態はそれほど珍しいものではなく、だからそこまで大げさにはしゃいだりはしていない。
 それは私も、生まれて初めて精神科に入院となったときには大はしゃぎだった。私のような希死念慮強すぎ人間、通称死にたがりは、精神病院とかお薬とか閉鎖病棟とかいわゆるメンタルヘルスに関係しそうなものを大変好む傾向にある。初めての入院のときは嬉しくて嬉しくて、強制入院でもないくせに夜中うおおここから出せえ、とか叫んでみたりして、今思えばちょっぴり演技過剰だった。現に今、廊下を挟んで正面の部屋に入院しているタケナカというおばさんが、アーアーアーと五オクターブ上の声で叫んでいる。一週間と少し前にここに来てから寝起きに叫ぶのがタケナカさんの日課だから既に誰も気に留めないが、あれこそが本当の叫び声というものだろうと毎朝思う。私の初日の浮かれちゃった叫び声なんて、きっと芝居だとバレていた。もうそんなお芝居は恥ずかしくてできないが、ああ、でも、昨夜最後に記念にやっておけばよかったかもと思わなくもない。最後の記念に初心に戻る。それもなかなか粋だったか。
 私はひとつ伸びをして、ベッドの上で身体を起こす。タケナカさんの叫びとともに起きるのがここでの私の日課だった。それはなかなかに浮世離れした感じで私好みだ。斜めに十五センチほどしか開かない窓から差し込む光が心地いい。四畳ほどの個室だが、私はここが気に入っている。ベッドに、ちょっとした私物を詰め込めるチェスト。壁紙は白で、床はふつうのアパートのような薄い茶色のフローリング。縦にすりガラスの入ったクリーム色のドア。ドアノブはシルバーの丸いタイプで、そこにワイシャツを引っ掛けて首吊りを試みたのは十一日前だ。
 入院して間もなかった早朝、窓の隙間から金星が見えて、テンションが上がり死にたいと思った。ワイシャツの両袖を結んで首をつっ込み、ドアノブにかけてハングした。何度か意識が飛びかけたが、本格的に死ぬほど体重がかかる前に尻がついてしまう絶妙な高さで、静かに個室で苦しんでいるだけで誰に発見してもらえるわけでもなかったので、結局タケナカさんが叫び始める時刻になってひとり孤独に中断した。あれは私の歴代自殺未遂のなかでももっともしょうもない部類に入るものであった。首にうっすら赤い跡がつき、長期入院中のミカちゃんだけが心配してる風にコメントをくれたが、看護師どもはみな総スルーだった。
 私は少しの間ドアノブを見つめ、センチメンタルな気持ちになる。思えば、あれが私の最後の自殺未遂になるわけだ。ちょっと嫌だ。できればもうちょっとドラマチックで悲劇的な最終回にしたかった。例えば十代のとき、夏休みを利用し友人と訪れた北海道で、名前も知らぬ湖に入水未遂をした、あれは良かった。深い青緑色のロマンあふれる湖で、たまたま同じペンションに泊まっていたちょっと素敵な大学生が必死に止めてくれたのも良かった。あれこそマイ・ベスト自殺未遂だ。ああいうのを最後にもってきたかった。ああ、でも仕方ない。そういう、やたら演出にこだわりたくて必死な私、それも、もう今日で最後なのだ。
 私は愛情を込めてノブを回し、部屋を出た。薄暗い廊下が左右に伸びる。食堂兼談話室のある左手側に折れる前に正面のドアを蹴り、「うるっせえんだよタケナカ!」と叫ぶ。ダッシュで廊下を渡り切り、食堂に飛び込む。これも、私の日課だ。
 慌ただしく入り口に現れた私を見て、手前のテーブルに座っていた看護師のサカキが睨みつけてきた。サカキはヒラの看護師よりちょっと偉い、役職のついた看護師だ。歳はおそらく四十前後で、女。けれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに太っている。日本人離れした太り方で、デブというよりグランデといったほうが似合う感じ。シチリア島辺りのマフィアファミリーの中でマンマとか呼ばれていそうな感じ。わかるだろうか。
「おはよう」
 私は朗らかに挨拶をした。私は機嫌が良いときは挨拶をする、そうでないときはしない、というスタンスを大切にしているが、権威に弱いのでサカキには基本的に挨拶をする。サカキははい、おはよう、と鷹揚に答えながら、私の瞳をじっと覗き込む。
 サカキは素晴らしい看護師だと思う。サカキの幅広の二重の目は真剣に生きている人間特有の光を宿していて、その光を分け与えたいとでもいうように、いつも他人の目を真摯に見つめる。私が優れたレシーバーだったら、その視線になにか心揺さぶられるものを感じられたかもしれない。サカキを慕い、愛せたかもしれない。しかし私は死に夢中で、いまいち他人の話を聞かなければ目も見ない。だから私はサカキに怯えたり媚びたりするだけで、サカキの素敵な部分を活かせない。今朝もすぐに目を逸らした。
――続きは、渡辺優『自由なサメと人間たちの夢』でお楽しみください。
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