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レンザブロー インタビュー

作家 坂本葵さん

「主人公のシャム猫・錫乃介は、都市に生きる現代人の象徴であるとも思っています」

 坂本葵さんの作家デビュー作となる『吉祥寺の百日恋』は、擬人化された猫たちの社会が舞台の長編小説だ。人間社会と同じような文化的基盤を持つ猫たちの物語には、不思議な文学的魅力が感じられる。

 小説の主人公、放蕩の日々を送る美貌のシャム猫・錫乃介は、義姉のシャム猫・永遠子との間で、ある賭けをすることに。それは、侯爵家の深窓の令嬢・深雪を籠絡できるかどうか。深雪は琴を奏でる白猫であり、約束された期限は百日間だった……。

吉祥寺の百日恋 坂本葵

『吉祥寺の百日恋』
新潮社/定価:1,500円(本体)+税

 

坂本葵さん

【プロフィール】
坂本葵(さかもと・あおい)

1983年愛知県生まれ。東京大学文学部卒・同大学院人文社会系研究科修士課程修了。大学の非常勤講師の傍ら執筆活動を始める。2014年『吉祥寺の百日恋』で作家デビュー。

撮影/島袋智子

 古典などのさまざまな文化的モチーフが巧妙に盛り込まれたこの小説には、デビュー作らしからぬ完成度が感じられる。しかし、坂本葵さんが小説を書き始めたのはそんなに昔のことではないという。
「私は小説を書き始めたのが遅くて、2013年くらいからなんです。それまで小説というと、私小説、リアリズムのイメージで捉えていましたから、全然書けませんでした。自分には経験もないので無理というか、あまり自分の人生と関係ないように思っていました。そういう距離感だったのです」
 しかし、実生活での経験が、逆にフィクションの創作へとつながっていく。
「それがだんだん変わってきたのは、介護の経験がきっかけでした。かなり行き詰まってしまい、自分がやりたいことや、何のために生活しているのかなどが、全然見えなくなってしまいました。余裕がなくなった中で、何か人生をそれまで以上に真面目に考えざるを得なくなったのです。そのときに『小説書けばいいじゃない』と言ってくれた知り合いがいました。それもファンタジーのようなかたちで」
 自身の体験を小説にする気は生まれなかったが、ファンタジーという形式は面白そうだと感じた。自分の中には、それまでになかった選択肢だと思ったという。病院や職場の行き帰り、考え事をするしかない時間も沢山あった。しかし、なぜ猫たちの物語なのだろう?
「まず自分の中でファンタジーを書こうという準備ができたわけです。それでいろいろなことを考えたのですが、もともと街としての吉祥寺(東京都武蔵野市)が好きでした。例えば井の頭公園などを歩いていると、猫がいたりします。この世界を猫の視点で見てみたらどうなるんだろうなどと思いました。猫の首に小型カメラをつけて、猫目線で撮った写真をウェブで見たことがあり、それがすごく面白かったのですが、そういう猫目線を想像しました。何げなく立っている木も、猫からするとすごくいい場所なのかなとか、集会をやっていたりすると、何か悪事をたくらんでいるんだろうかとか……。井の頭公園のある場所で、具体的なイメージが湧いたのです」
 ただし小説は、人間社会を猫目線で描いたものではなく、あくまでも「猫社会」を描いており、しかも昭和初期を彷彿とさせるような、人間社会にはもはや失われた文化的基盤をモチーフとしている。決して何でもありの荒唐無稽なファンタジーではなく、むしろディテールが丹念に書き込まれ、小説内リアリティが生まれている。猫社会の文化が設定されているのだ。
「猫がしゃべるというだけで、かなりリアリズムという点からは外れているので、それ以上崩してしまうと大人が読むに耐えうる、鑑賞に耐えうる作品ではなくなってしまうという心配がすごくあって、そのあたりはかなり自分にルールを課して書きました。また、基本的に自分に全然バックグラウンドがないものの話は無理だと思い、土地に関しては自分が本当によく知っているところで書きたかった。それですぐに思いついたのが駒場の前田侯爵邸だったのです。学生時代に散歩したことがあって、すごくいいところだなと思っていました。そこで設定を思いついたのです。人間社会では華族制度はなくなったわけですが、その人たちが飼っていた猫はどうなったのだろうと。戦争中に人は疎開したりしました。運がよければ猫も連れていかれただろうし、置いていかれちゃったかもしれないと考えたときに、もし置いていかれたのだとしたら、きっと今でもその野良猫の子供や孫たちは華族の子孫という意識なのかも、と考えて、それが小説の設定に結びつきました」
 主人公のシャム猫・錫乃介は美男子で放蕩者。しかし彼は〈蛇蝎の如き声〉の持ち主で、侯爵家の令嬢・深雪を誘惑する賭けをすることになる。18世紀に発表されたラクロの書簡体小説『危険な関係』をイメージさせる設定だが、それは一度書き上げたあとに考えたという。
「一度書いてみて、ちょっと何かインパクトが足りない、前半と後半のバランスが悪いと不満を感じました。それで、これは主人公をもっと悪くすればいいんだと思ったときに、『危険な関係』が頭に浮かんだのです。完成稿と較べると、主人公はもっと普通にいい子でした。ヒロインサイドの登場人物というのはヒロインの年齢以外、ほとんど変わっていないのですが、主人公側の登場人物は、その設定を入れたときに、ほとんど新しく創り直しました。犬を登場させたり、飼い主の性格も変わったんです」
 ただ、錫乃介が典型的な悪人ではないことは、物語を最後まで読むとわかっていく。
「錫乃介は、根は悪いやつではないということで書いたのですが、ある意味では現代人の象徴みたいなところもあると思っています。例えば、とても好き勝手やっているように見えるんですけど、それって結局、あくまでも誰かに飼われているという範疇の中での好き勝手なんですね。それは、特に今の都市に生きている人間全般にも通じることかなと思っています。表には出してはいませんが、そういう意味での普遍性も感じられるように心がけました」
 気になる次回作だが、いろいろアイデアがある中で、真珠を使ったジュエリーをつくる宝石職人の話に取り組んでいるという。大正から昭和前期の日本が舞台になる予定だ。

 
映像化コーナー

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