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レンザブロー インタビュー

作家 阿川佐和子さん

新人女性検事が模索する<正義>とは?

「おっ! また女性編集者と女性カメラマンだ!」
 すぐ前の取材も女性チームだったらしく、開口一番、明るい声で迎えてくれた阿川佐和子さん。
 2年ぶりとなる新作小説『正義のセ』も、働く女性が主人公。東京の下町にある豆腐店の長女、竹村凛々子は新人検事だ。これまで様々な立場や職種の女性を描いているが、
「仕事場と仕事そのものをここまで書いたのは初めて。いわゆる組織としての仕事場というものを、ほとんど知らないので大変だったんですよ」。
 弁護士とは会う機会があるものの、検事、しかも女性検事とは接点が皆無だった阿川さんが、検事を主人公に据えたのは、ある出会いがきっかけだった。

正義のセ 阿川佐和子

『正義のセ』
角川書店/定価:1,200円(本体)+税

 

阿川佐和子さん

【プロフィール】
阿川佐和子(あがわ・さわこ)

1953年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。
81年「朝のホットライン」のレポーター、83年から「情報デスクToday」のアシスタント、89年から「筑紫哲也NEWS23」のキャスター、98年から「ビートたけしのTVタックル」にレギュラー出演。99年に壇ふみ氏との共著『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治賞、2008年『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。
新書『聞く力―心をひらく35のヒント』小説『うから はらから』など著書多数。
『正義のセ』(2013年2月28日刊行)に続き、『正義のセ 2』『正義のセ3』は3月同時刊行。

撮影 chihiro.

「50歳を過ぎてゴルフを始めたんですが、私の場合、誰じゃなきゃやらないという主義じゃないの、もう誘ってくださるならどなたでも(笑)。それでいろんな人と知り合いになって、その中にいたんです、女検事が。生の検事に初めて会いました」
 しかもこの女性検事、職業の堅いイメージとは裏腹に、ブランドもので身を包んだキャピキャピとした美人。気が強そうな女だな、ゴルフも巧いんだろうなと思っていたら、
「一打目で失敗したので、ああよかった、あんまり巧くなさそうだってちょっと安心したんですね(笑)。それに『昨日、朝の3時まで飲んでて』なんて言ってるんです。でも、そのうち調子を上げてきて、スカーンといいショットを打っちゃうし、ちょっと油断ならないじゃない、この女のペースは何よ!? って(笑)」
 ゴルフが終わる頃には「佐和ちゃん」と呼ばれる仲に。そのまま一緒にお酒を飲んでベロンベロンに酔っ払い、いつの間にか再会を約束していた……。へぇ、こんな女性検事もいるのね、と新鮮な驚きを抱えつつ話してみると、新人時代の失敗話やドジ話が次々に出てくる。それらを聞くうち、阿川さんの中で「女性検事・竹村凛々子」の輪郭が見え始め、「優秀だけどドジ、新人時代は失敗も重ねて、検事として女性として成長していく物語」のイメージが膨らんでいく。
 しかし、すんなりと筆が進んだわけではない。
「送検、って言葉、よく聞きますよね。私はどこからどこに送ることになるのか全然わかってなかったんですが、そういうことを一から勉強し始めたら、わからないことだらけで頭がこんがらかりました。でも、留置施設には刑の確定していない被疑者と死刑を言い渡された人が一緒にいることもあるなど、意外なことや驚くこともたくさんあって」
 仕事場と言ってもそこは検察庁、留置施設、警察署、裁判所、凄惨な事件現場など、一般のオフィスや店舗などとは異なる緊張感をはらむ場所ばかり。警察関係者に会ったり、裁判を見学したり、地方検察庁に行ったり、あちらこちらを見て回った。
「凛々子には徹底的な人生経験をさせたいと思った」
 と言い切るように、最初に担当した交通死亡事故に始まり、暴力団がらみの恐喝未遂事件、<マル暴>担当刑事とのやりとりなど仕事面のほか、温かい家族に見守られながらも、恋人や友人との関係性の喜ばしくはない変容など、主人公には公私ともに容赦ない試練が降り掛かる。
「私は、SなのかMなのか(笑)。実は最初は、もうちょっと軽く考えていたんです。検事という仕事の場面を描くけれども、恋愛などでも葛藤しながら家族に支えられて成長していく……というように。でも、例のゴルフ仲間の女検事がけしかけるんですよ、佐和ちゃん、もっとバンバンいこうよ、甘いよって(笑)」
 キャリアを重ねるのに比例して、優秀であるほど大きな事件を任され、一歩踏み外すと大失態につながるのが検事の仕事。国家的な責任が生じることさえある厳しい世界だ。
「ドラマなどでは、弁護士の方がかっこよく描かれて、検事は血も涙もない敵役(かたきやく)にされることが多いじゃないですか。でも決してそうじゃなくて、今さら言うまでもないのですが、検事の側にもいろいろなドラマがあるんですよね。取り調べにしても、一つの事件について一人に二十日間インタビューし続ける。私などは、インタビューで初めて会って<ありがとうございましたー!>で終わり、生涯会わない人もいるけれど、検事の場合は、同じ人により長く深く聞き続けるわけです。インタビュアーとしても相当な労力だし、しかもそれが仕事のごく一部なんですね」
 凛々子も、被疑者や被害者の来歴、出自、親族を知ることで、「正義感」ばかりで突き抜けられないグレーゾーンの領域に迷い込む。立ち止まり苦悩する真っ直ぐでひたむきな姿に読者としては応援したくなるが……。
「凛々子を魅力的な女性にはしたかったけれど、ドツボにはまる人生もあるんだということを書いてみたかったんです。同情して応援してくださるのはありがたいのですが、同情されるだけの女ではなくなるだろうと。
 女性がこれだけ社会に進出して、ある程度の責任を負う立場に置かれるようになると、教えてください、ああドジしました、って、これまでの男性社会で許されたようにはいきませんよね。部下を持ち、組織のことも考えなきゃならないってことになったとき、凛々子みたいに短気で曲がることのできない女がどういうふうに折り合いをつけて、仕事に志を持ち続けるかというところを、今の仕事をする女性たちに伝えたいなと」
 もちろん、著者の視野にあるのは、働く女性ばかりではない。
「専業主婦だって、ただの新妻だったら許されたことが、母になり何らかの立場になり介護を抱えたりすると、自分がやりたいことと真逆なことをやらなければならないときが、出てくると思うんです。そこに何がしかの楽しみややりがいを見出さなければならなくなる。そういう意味で、全女性に伝わるべく、融通のきかない凛々子に試練を与えているのですよ(笑)」
 1巻から3巻まで2ヶ月連続刊行のこちらのシリーズ、軽妙な筆致ながら、巻が進むごとに、主人公の状況はより込み入り、葛藤の重みを増していく。
 正義とは、事実とは。
 ニュースのわずか数秒、新聞の数行の記事の奥に広がる世界に目を凝らす気持ちになって読ませられ、考えさせられてしまうのだ。
「聞く力」を持つ人が併せ持つ「聞かせる力」伝える力――を堪能できる、名シリーズの誕生である。

 
映像化コーナー

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