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レンザブロー インタビュー

作家 藤岡陽子さん

長い時間を生きぬける「強さ」を

 トライアウトとは、プロ野球で戦力外通告を受けた選手が、もう一度どこかの球団に入るために受けるテストのこと。藤岡陽子さんの3冊目となる小説『トライアウト』は、シングルマザーとして仕事と子育てに奮闘する主人公の新聞記者と、トライアウトに挑む若き投手との出会いを軸にした、骨太で読み応えのある長編。主人公の息子の父親は誰なのかという「秘密」も物語の求心力となっている。報知新聞時代に記者として仕事をするなかでトライアウトの存在を知り、ずっと温めてきたテーマだったという。

 執筆を開始してから、実際にトライアウトで復活した元投手・佐藤秀樹氏(現中日ドラゴンズ・スコアラー)に取材の機会を得た。飄々としていながら決して諦めない「落ち目のヒーロー」深澤投手の魅力的なキャラクターには、彼の影響が大きい。
「当初は、もっと朴訥で無口な、高倉健さんみたいな設定やったんです。取材して、変わりました。台湾のプロリーグへの転向など、色々な苦労をしてきはったので人間が深く、心に届く言葉をたくさんもってはったんです。彼に出会えたことで、小説が生まれ変わりました」

 主人公の息子、8歳になる考太の存在も大きい。
少年野球チームに所属する考太は、親がチーム運営に協力的でないという理由で、監督から冷遇されている。しかし、深澤と出会った考太は、試合に出さずにはいられないくらい自分が上手くなればいい、と、めげない。子どもを必要以上に子ども扱いせず、きちんと現実を受け止め成長できる人間として描いており、そこがとてもリアルだ。働きながら2児の子育てをしてきた藤岡さんが、自身の経験や職場のシングルマザーたちの話から得た実感が込められている。
「理不尽なことは大人の世界はもちろん、子どもの世界でもあります。そういうとき、逃げないで自分が変わる、時間をかけて少しずつなりたい自分になっていく、というやりかたで私はやってきました。人生、大逆転なんて起こらない。そうではなく、長い時間を生きぬける『強さ』みたいなものが、私の思う成功です。それが、作品にも反映されているのかも」

tryout トライアウト 藤岡陽子

 

藤岡陽子さん

【プロフィール】
藤岡陽子(ふじおか・ようこ)

1971年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。報知新聞社を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大留学。慈恵看護専門学校卒業。
2006年「結い言」が、宮本輝氏選考の北日本文学賞の選奨を受ける。
2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。他の著書に『海路』がある。

撮影 久保陽子

 デビューに至るまでの10年の道のりは、平坦ではなかった。
大学卒業後、文章を書く仕事をしたいと記者として働くが、どこかで「自分は全力で生きていないのでは」と感じていた。プロの世界で並々ならぬ努力を続けるスポーツ選手を取材してきたことも、思いに拍車をかけた。

 全てをリセットすべく、仕事を辞めタンザニアへ留学。帰国後、小説を書きはじめ投稿するも、落選が続く。そんな中、現在の夫と結婚。夫に経済的に依存してしまうことに不安を感じ、また、転勤などがあっても困らないよう、「手に職を」と看護師の資格をとる。タンザニア時代に現地の看護師と友人になり、「いつかタンザニアに戻って、この地で一緒に働きたい」と思ったことも、大きな後押しとなった。
この経験を活かし、看護学校を舞台に友情や恋愛、学生たちの夢と希望を描いた『いつまでも白い羽根』でデビューした。
「29歳のとき、新人賞の最終候補に残りました。でも、その後の結婚や出産、看護学校に通うなかで、書く余裕がなくなってしまって。それでも書きたいという思いは強くて、投稿のモチベーションを保つために、愛読してきた宮本輝さんが選考する北日本文学賞に応募しました」

 そこで宮本氏に「努力で作家になれますか」と尋ねると、「君は天才ではないかもしれないが、才能はある」と言われた。「その時から、気持ちは考太と一緒です(笑)」
【一流になるのに必要なのは、思い込みと努力だ】
考太少年が深澤投手から教わるこの言葉は、藤岡さんのモットーでもあるようだ。

 本書は、これまでの2冊と較べてエンタテイメント性が高い印象。それまでは自分のために書いていたが、2冊目の『海路』で多くの感想をもらい、読者の存在を意識するようになったという。今後について尋ねると、「迷っている人、悩んでいる人の背中をちょっとだけ押すようなものを、リアリティをもって書いていきたい」。やわらかな笑顔のなかに、凛とした強さを滲ませた。

 
映像化コーナー

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