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ドライバー 中島さなえ

 

vol.4 old car

 晴利様と繭美様がご結婚生活をスタートさせたのは、それから二年も経たないうちでした。繭美様がこの家で晴利様のお世話をなさるようになってから、それは、それは、おだやかな朝になりましたよ。日中も家中の窓が開けられて、風が庭から部屋へと吹きぬけていきます。晴利様の髪型もきっちりと整えられ、糊のきいたシャツに胸元にはハンカチーフまで! 私はやっと安心することができたのでございます。
 松浦氏は、晴利様と繭美様に会いに度々家へといらっしゃいましたが、たいてい顔色は悪く、気分も沈んでいらっしゃいました。松浦氏の会社はどうも経営のほうがうまくいっていないらしく、近々にどこかの企業と吸収の可能性が出て、自分は干されるかもしれないと嘆いていらっしゃいました。晴利様と松浦氏が夕食後に煙草を吸いに出ていらっしゃる時は、決まって私の横のロッキングチェアに腰をかけられます。松浦氏は度々、「すまないがハル、都合をつけてくれないか」と、小さな声でなにかご相談されていました。晴利様はそう言われるといつも、煙を遠くに細く吐き出してはしっかりとうなずき、「わかった、週末までに振りこんでおくよ。それよりも松浦、お前まだ夜に眠り薬を使っているのか? あれは早くやめたほうがいい」と返事をされます。松浦氏は晴利様と遅くまで話しこんだ後、幾分か顔の筋肉をゆるめられて、足取りも少し軽くなったように帰っていかれるのでした。
 謙吾坊ちゃんがお生まれになったのは七〇年代も終わりに差しかかった頃。繭美様を病院にお運びしたのも私です。晴利様は長崎への出張から飛んで帰っていらっしゃって、なんとか謙吾坊ちゃんのご誕生の瞬間には間に合ったのでした。繭美様はお加減が悪く、それから二週間ほど入院されていましたが、お迎えにあがった時はスッキリとしたいい笑顔をされていましたよ。
 謙吾坊ちゃんはまあ赤ん坊の時から暴れん坊で、足が強く、おもちゃや毛布を蹴散らされていたとのことです。そうそう、ドライブに行った先で繭美様が後部席のシートでおむつを替えていたところ、運転席を倒して昼寝をしていた晴利様の顔に放射線を描いたおしっこがそそがれる、という事件もございました。熟睡している晴利様がお気づきにならないのをいいことに、繭美様は笑いをこらえながらウェットティッシュで晴利様の顔を拭いていらっしゃいました。結局、このことを晴利様は知らないままでいらしたのではないでしょうか。繭美様も冗談のお好きなかたですから、もしかしたらお家の中で笑いのタネにされていたかもわかりませんが。

 謙吾坊ちゃんが暴れ盛りの二歳のお誕生日を迎えられた頃、高田家にとっても私にとっても、大変な事件がございました。
 その日は風もなく、静かすぎるほど静かな夜でした。零時も回って、いつものように車庫から半身を乗り出しまどろんでいたところ、街路樹から誰かがこちらへと近づいてくる気配を感じました。その人物は、勝手知ったる様子でロッキングチェアの横にある灰皿の裏からスペアキーを取り出すと、私のドアを開けて運転席へと音ひとつ立てずに乗りこんだのです。ライトがついて、松浦氏の青白い顔がぼんやりと浮かび上がりました。
 氏は一言も発さずにエンジンをかけ、道路へと走り出しました。一定の速度で、まっすぐ前を見つめながら。私は何度も松浦氏に問いかけました。これからどこへ向かうのか。なぜ晴利様にお断りもせず、私を走らせているのか。ご旧友といえども、これではあまりに不作法ではないか、と。松浦氏は問いかけにお答えになることはなく、しばらく走って人けのない海沿いの駐車場の一番奥に私を停めました。
 持っていらした段ボールからホースを取り出すと、私のマフラーにテープでしっかりとしばりつけました。そのホースの先を後部席の窓から中に入れ、窓のすき間をテープで埋められています。私はわけがわからず、すっかり心地も悪くなって不安になってしまいました。「なにをなさるのですか」と言葉を投げかけましたが、松浦氏はかまわず、後部席へ乗られて何度も落ち着きなく座り直された後、シートに頭をもたせかけて眠ってしまわれました。私は、「これはおかしいぞ」と危険を察知し、必死で力をこめました。意識を集中させると、運転席側の窓を数ミリだけ開けることができた上に、なんとかライトを数回点滅させることができました。
 幸運なことに、夜中のデートを楽しんでいた若いカップルがライトと異臭で私たちの異変に気づき、三十分もしないうちに、救急車、消防車、パトカーなどが周りを取り囲んで大変な騒ぎとなったのでした。
 ほどなくして晴利様もタクシーで駆けつけられて、私の主人であるということ、松浦氏との関係について、警察官に事細かく訊かれて説明をされた後に、急いで病院へと向かわれたようです。私はと申しますと、その後も朝まで、見知らぬ人々に入れ替わり立ち替わりからだのすみずみまで調べられ、いじくりまわされました。とても気持ちのいいものではございませんでしたが、これはなにか大変なことが起こったのだと感じて、文句ひとつ言わずに大人しくしておりました。
 後に晴利様が松浦氏と一緒に街へとお食事へお出かけになった時、こうおっしゃっていました。
「なにを言ってるんだ? 金なんて問題じゃない。お前がそうやって黙って、勝手にひとりで逝ってしまおうと一瞬でも考えたことが俺は悔しくてならない。自分がいなくなった世界のことも、ちょっとは想像してみろ」
 それから松浦氏は、晴利様の家でご一緒に暮らすようになりました。ご同僚やご親戚のかたがたはこの同居をおかしなことのように言われましたけれども、晴利様と松浦氏が抱えていた問題にとっては、これが最善の方法であったのだと思われます。松浦氏は最初のほうこそお部屋に閉じこもりがちでしたが、少しずつ気力を取り戻され、晴利様のお仕事を時々手伝われるようになりました。その後、コンピューターにご関心のあった松浦氏はその方面でみるみるうちに力を発揮されて、ついにはご自分で経営コンサルタントの事業を立ち上げられたのです。
 私は松浦氏にあの時、なぜ晴利様にお断りもせず、私を走らせているのかと問いただし、答えてはいただけなかったと申し上げましたね。今となって思い返すと、ぼんやりとですが理解できるような気がいたします。哀しいのろしを上げた松浦氏はきっと、晴利様に、どこかで自分を見つけてほしかったのだと。

 ええ、晴利様が大友銀行本社ビルのデザインで賞をお取りになった時も、私はご一緒しております。あの時の華やかな様子は今でもありありと思い浮かびます。
 晴利様は授賞式当日、タキシード姿で頭にはたっぷりと油をなでつけられ、少し困ったような、苦笑いしているような表情でハンドルを握っておられました。後部座席に座る松浦氏が、
「ハルは今や大先生なんだから、ぼくが白い手袋をして運転手役をつとめてやるのに」
 そう笑っておっしゃいましたが、晴利様は、
「やめてくれよ」
 と、派手にむせていらっしゃいました。繭美様の横でハンドルを握りながらもずっとスピーチを復唱していて、謙吾坊ちゃんは松浦氏の隣でつまらなそうに足をばたつかせて、翌週小学校で行われる運動会で一等を取れるかどうか、松浦氏にしつこくおたずねになるのでした。
 会場の駐車場を一目見て私はヒャッと声を上げ、凍りついてしまいました。
 メルセデスベンツにキャデラック、ロールスロイス、いなせなリンカーンにポルシェにフェラーリ。広大な敷地内には、輝くばかりの豪華絢爛な車たちがズラリと肩を並べていたのです。しかし、私はしがない国産車ですが、晴利様が手塩にかけて整備してくださった誇り高い車であると思い直し、胸を張って堂々と、彼らのあいだを行進いたしました。彼らに向かって、
「こちらにご乗車なさっているのは、本日の主役、世界に名をはせる建築家であらせられる高田晴利様でございますぞ」
 と声を張り上げると、彼らは、「本当か」「嘘をつくな」「なんでお前みたいなオンボロ車に!?」と口々に勝手なことを言い始めました。私は嬉しくて、嬉しくて。授賞式が終わるのをお待ちしているあいだも、晴利様にパートナーとして選んでいただいた日々を振り返り、心から感謝しておりました。そしてこの幸せな日々がいつまでも続くようにと。

 私が最後に晴利様とご一緒したのは、八〇年代が終わりを告げようとしていた秋の日です。街路樹は黄色の葉を咲かせ、絶えず地面に降りそそいでおりました。この日、役員会議を終えられた晴利様は、夜の八時頃に会社を出ました。
 私から見ても明らかに顔色が悪く、少し休まれるようにとご忠告したのですが、晴利様はかまわず発進されました。謙吾坊ちゃんが十歳のお誕生日を迎えられるというので、寝室へ行かれる前に、と急いでおられたのでしょう。運転中も絶えず額に手をあてられて、うめき声を上げたり、手首から先をしきりに振るなど、いつもとは違ったご様子でした。
 高田家まであと少しというところで、晴利様は突然はげしく痙攣を起こし、ハンドルに突っ伏されました。何度声をおかけしても、晴利様はからだを起こす気配がございません。私はパニックにおちいりそうになりながらも、必死で前を見て、渾身の力をこめてハンドルを回しました。街路樹に衝突するのを避けて家の前まで近づいてきたことを確認すると、ギリギリギリと歯を食いしばって減速しました。気が遠くなるような目まいに襲われましたが、なんとか停止することができました。そして私は空を向いて今まで発したこともない大きな叫び声を上げると、クラクションを思い切り鳴らしました。
 気を失い、目を開けて見ると、この暗闇の中です。それから何日も、何か月も、何年も、この中です。

「渋いなあ」
「かっこいいね」
「親父は趣味人だったから、車にも相当こだわりがあったんだよ。おふくろや松浦のおじさんは『いいことも悪いことも思い出があるから』って言って、車庫にしまいこんだままで」
 謙吾は整備士がボンネットを開けて作業をしているあいだ、恋人に向かって冗談めかして眉をしかめてみせた。「車は乗るもんだっつうの」
「高田様、調整が終了いたしました。部品は古いですが、運転に問題はありません。もう一度エンジンをかけてみてください」
 整備士が声をかけると、謙吾は助手席のドアを開けてうやうやしく恋人をエスコートした。意気揚々と運転席へ乗りこみ、エンジンをかける。
 ブルブルブルブル。
〝彼〟は声を上げた。同時に、跳ねるような女性ボーカルの歌がカーステレオから流れ出した。
「カセットテープが入ったままだ。親父、こんなの聞いてたのか」
「これ知ってる! ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスの『恋はあせらず』だよ。お母さんが大好きなの」
 嬉しそうに声を上げた恋人を見つめて、謙吾も、「へえ!」と口の端を上げた。
 アクセルを踏んで門から外へ出ようとした謙吾は、ハンドル操作をあやまり、危うく門の角にぶつかりそうになって急ブレーキを踏んだ。
 スットン、と門の手前でやわらかく停車した後、彼はブルルンと全身を大きく震わせた。

 

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