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2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第一話 砂漠を進む英雄

14. BEGINNING OF 4 YEARS

 春季リーグ七日目の全試合が終了した時点で、東武をストレートで下した慧明が得失セット率で首位に立った。欅舎に一セットをくれたことが響いて八重洲が二位に転落。同じく全勝だが得失セット率の差で横体大が三位につけている。トップ3を一敗で追うのが欅舎、東武。残り四戦、上位勢が直接対決で星を潰しあう熾烈な終盤戦に入る。

 棺野が属する秋季リーグ八位の秋葉大、大隈が属する同九位の大智大は負け越しており、二部との入替戦を回避できるかどうかのボーダー上にいる。このボーダーラインにも終盤シビアな戦いが待っている。

 ゴールデンウィークに一週休みを挟んで第八戦は五月の第二週に再開だ。

 第一試合、第二試合で順次引きあげた者たちを除き、第三試合まで残っていた者たちが続々と会場をあとにする。

 欅舎は現地集合・現地解散なのでチームとしてはもう解散している。審判で残っていた同期で固まって帰り際、体育館の玄関で山吹と出くわした。

 外シューズを三和土たたきに放りだしてつま先を突っ込んだところだった山吹が振り返った。チームリュックを片方の肩だけに引っかけ、斜に構えた感じで身体をこっちに向けて待っているので、灰島は外シューズを手に提げたまま山吹の前で立ちどまった。

「おまえのおかげでケツに火がついたって認めるしかねえな」

 ふんぞり返るように顎を持ちあげて山吹が言った。

「まだ二年の四月だって、正直現状満足してた。おまえのスピード出世見てやっと焦ってきた。一年も二年もねえ。正セッター取りに行くからな」

 灰島も顎を持ちあげ、相対する山吹に言い放った。

「早く取ってください。山吹さんなら取れるでしょう、同じチームにおれがいるわけじゃないんだから」

 山吹のこめかみが引きつった。目を細めてふんと短い溜め息をつくと、

「ところかまわず喧嘩売るのはおまえらしいけどな。負けたときに責任取る覚悟も持って売れよ」

 助言のようなものをされて灰島が意図を測りかねているうちに「じゃあな」と山吹はひらりと片手を振って背を向けた。駅まではどうせ同じ道だがこのまま道連れになる気はないらしい。リュックを両肩に担ぎなおして一人で外へ歩いていった。

「山吹さんって、白石台中の山吹誠次郎だろ、あの、、伝説の。あんなヤバい人によくあんな挑発できるよなあ」

 後ろにいた同期のチームメイトが山吹が立ち去ってから囁いてきた。

「伝説ってなんや?」

 黒羽が不思議そうに首をかしげると、

「白石台中の二年のとき三年全員退部に追い込んだって話。東京の中学出身の奴には有名だぜ。“山吹伝説”」

 と別の声が黒羽の疑問に答えた。山吹が慧明の最後尾ではなかったようで、あとからやってきた豊多可が黒羽の横に並んで三和土にぺたんと外シューズを放った。「チカもまあまあやらかしてるけどおれに言わせれば山吹さんのほうがよっぽどドギツイね」

「おえー……三年全員退部に追い込んだって……」

 黒羽がドン引きして呟き、「おまえも知ってたんけ」とこっちを窺ってきたので灰島は片眉をあげて「まあな」と答えた。東京のみならず関東圏出身の同期も全員頷いている。まわりの反応に黒羽がきょろきょろする。

「でも灰島だって景星でその山吹さんから正セッター奪ったんだよな」

「灰島の言うとおりにしたら八重洲からセット取れちゃったし、やっぱさすが高校六冠セッター様だよなー」

「なんじゃそら。嫌味な言い方すんなま」

 と、自分だけハブられたような顔で鼻白んでいた黒羽が同期の会話に声を低くした。普段柔らかい福井弁がきつくなると途端に柄が悪く聞こえ、同期が気圧されて言責げんせきを押しつけあうように顔を見あわせた。

「い、言い方悪かったらごめんって。ほんとにすごいよなっていう意味だから気ぃ悪くするなよ……」

「ほんならセッター様なんて言い方せんでいいやろ」

「い、いや、言いだしたの柳楽やぎらさんだよ。高校六冠セッター様はすげぇよなー……って」

「柳楽さんが?」

「ほら、柳楽さん芦学あしがくのエースだったから……灰島が景星に来なかったら、っていうのはあるんだと……」

「なんのこっちゃ。灰島を恨むんは筋がちゃうやろ。芦学が沈んだんに景星も灰島も関係ねえやろが。単に自分にチーム勝たせる力なかっただけやのに」

 おれに言われても、と同期が語尾を濁しながらそもそもなんで黒羽が腹を立てるのかと戸惑ったように灰島に目で助けを求めてきた。灰島が口を挟まなかったのは単に黒羽が言うまで嫌味だとも思わなかったからである。

 仕方なく「黒羽」と制しようとしたとき、

「祐ー仁。やめとけや。陰口に陰口で返したら一緒やぞ」

 と先に制する者があった。

 黒羽より三センチばかり背が高い三村が黒羽の肩に負ぶさるみたいに腕をまわし、不快感を露わに同期に詰め寄っていた黒羽を自分のほうに引き寄せた。

「チーム内でクサしあうんはあほらしいぞ。ほんで祐仁が今言ったことが今度は純哉に裏で伝わるんか? なんもチームのプラスにならんな」

 黒羽と同じ福井弁でたしなめる言葉とは裏腹に声色は朗らかで、呑気ですらある。助けられた同期が「お疲れさまです、統さん。まだ残ってたんすね……」と体裁が悪そうに挨拶した。

 正面玄関のガラス扉をぞろぞろと抜けてちょうど体育館の表にでたところだ。

 ゴールデンウィーク初日の土曜でもある。晴れて行楽日和になり、朝会場に着いた時間帯ですでに陽射しと暑さに辟易したが、夕方五時を過ぎると湾岸の埋め立て地に海風が爽やかに吹いている。長袖のジャージをはおっていても灰島はちょうどいいくらいだが、黒羽は半袖で十分なのかポロシャツ姿だ。

「ほなな、統。おれは部車待ってるで」

 黒羽や三村とはまた方向性が異なる陰性のトーンの福井弁が聞こえた。

「おー。ほなな」

 まだ懐っこく黒羽の首に腕をまわしたまま三村が手を振った。一試合前に戦った八重洲の部員──アナリストの越智が数メートル先で小さく手を振り返した。

「来週黒鷲くろわしやろ。いってらー」

「ああ。こっちは休みなしで大阪や。V1に叩きのめされてくるわ」

「ほんなこと言って勝ち行く気やろ」

 親しげな会話に越智が微笑を残し、背負ったチームリュックの他にでかいキャリーケースをがらがらと引いて駐車場へ小走りで去っていった。

 駐車場の車はほとんどけ、毎試合チームで会場に乗りつける八重洲のバスももういなかったが、アナリストは全試合終了まで残ってビデオカメラを撤収して帰らねばならない。

 なんだかもう抵抗を諦めてそっぽを向いて不貞腐ふてくされていた黒羽をようやく三村が解放した。すかさず距離を取った黒羽に三村が肩を竦め、灰島に向かって話を戻した。

「試合中純哉とトスあわんかったりとか、なんか問題あったか?」

「ありません」悩むことなく灰島は明答した。「柳楽さん決めさせるのは最後になったんで、もっと決めさせられたらよかったですけど、それはおれの組み立ての問題です。練習のときも別に反発されたりとかはなにも。あ、去年使った授業のテキストくれたんで助かりました」

「いい奴やねえか。ほんならなんも問題ないやろ」

 あっけらかんと三村が言った。「いいんすか……」とまだ腹の虫が治まらない黒羽を諭すように、

「なんか本音あったとしても、それを見せんのはかっこ悪ぃことやって自分でわかってるでやろ。ほんならわざわざ暴かんでいい。そいつが“そういう人間”であろうとしてる面とつきあえばいいんや」

「それが三村統のキャプテンシー、、、、、、、、、、、ですか」

 灰島が唐突に問うと、三村が「ん?」と目をぱちくりさせた。

「なんや、急にたいそうな話になったな」

「本音さらけだしたほうがチーム仲は深まるって考えるリーダーもいますよね」

 それは三村の哲学ではない──ということだ。

「はは。ほーゆう意味か。ま、おれ自身がいいかっこしてたいだけやって」

 リュックの向こうに快晴の夕空を背負って三村が笑った。太平洋側の乾燥した空はスモークブルーに彩度を落としてもまだ高く突き抜けている。しかし、からからと笑うこの明るい男の背後には今でも不思議と、福井で灰島がよく見あげたような、重力を感じる日本海側の空が広がって見えた。

「あのキャラってどこまで作ってんやろ? 時代が時代ならぶりっこやげ」

 駅までの道を並んで歩きながら黒羽がぐちぐち言いだした。

「なに腐ってんだよおまえ、さっきから」

 黒羽に横目をやって灰島が冷ややかに言うと、図星を指されたみたいにリュックを担いだ黒羽の肩がぎくりと揺れた。

 臨海国際大の高杉と肩を並べて歩いている三村の後ろ姿が道の先に見える。さっきの越智もそうだが、福井県内一チーム仲がよかった福蜂出身者は未だずっと仲がいいようだ。

 黒羽と同じくポロシャツで帰る背中はバレーボール選手らしく重力に逆らって空へと伸びる長身痩躯そうくだ。半袖から伸びた腕も筋骨隆々というにはほど遠いが、前腕部に浮かんだ筋の太さには高校生と大学生の差があきらかに現れていた。

「強かったげな、あの人……」

 三村の背中を眺めて黒羽がぼそっと言う。追い越したなんて調子に乗っていたことを今日の試合で後悔したのだろう。

「おまえは大学でもトップレベルに入るスパイカーだ。おれが保証する」

 フォローのつもりもあったが、別におだてるために嘘をついたわけではなかった。事実灰島はそう思っている。

「まあほーなんやけど……」

 黒羽も口をもにょもにょさせながらもある程度は自任した。さすがに今さらまだ自分の実力を否定するような謙遜をされたらおまえはユースに選ばれてまでなにをやってきたんだとどやしつけるところだ。

「強ぇ人にはもっとなんか、違う“強さ”があるんでねえかって気ぃする」

「それが関東一部の強さってことだ。それをこれから自分のもんにすればいいんだろ。まだはじまったばっかりだ」

 開幕戦で大学デビューを飾って以降順調に手柄を立て、ほとんど危なげなく関東一部を撃破してきた黒羽が初めて大学の壁に跳ね返されたのが今日だった。しかも思った以上に軽々と。

 八重洲の破魔、神馬、大苑、それに浅野。慧明の弓掛。東武の川島。──そして、欅舎の三村。黒羽より強い者はもっと“強い”。

「強ぇ人の“強さ”ってなんなんやろなあ」

 と黒羽が溜め息をついたが、気が晴れてきたようで柳楽のことで荒れていたときの険はもう抜けていた。

「これから四年間、二人で立ち向かえるんやもんな。強ぇ敵にも苦しい試合にも」

 “今度は四年間絶対に離れんなや、って真剣に思ってるよ”

 棺野の声が脳裏で響いた。

「……楽しいことにも、だよ」

 ぶっきらぼうに付け足して黒羽の二の腕を小突いた。「痛てーって」黒羽が文句を言って身をよじったが、元来の呑気さを取り戻し、

「ほやってほやって。なんたって東京の大学生やもんなあ。四年間でおもっしぇーことひっであるんやろなあ」

 笑って言った声が一瞬鼻にかかって途切れた。くしゃっと下げた目尻に光ったものをさっと拭うのに灰島は気づいたが、なにも言わなかった。恰好悪いところを見せたくないなら、暴かなくていいことだった。

 三村統がいる欅舎大に行ってまた一緒にやろう。

 なんていう約束を灰島と交わして二人で進路を決めたわけでは、実はない。灰島が去年の全日本インカレで欅舎を見に行ったことすら、福井にいて当然見に行くこともできない黒羽はあとで聞くまで知らなかった。

 高三の春になる頃には福井の黒羽のもとにも各地の大学バレー部から声がかかりはじめ、卒業後の進路の選択が現実味を帯びてきた。高卒でVリーグ入りする選手も多い女子に比べると、男子はVリーグのトップチームに行くような選手でも大学四年間を経由してからのほうが過去も現在も多いという。

 関東に行きたいという希望だけは漠然とあった。関東一部の大学で早くに声をかけてくれたのは欅舎を含めた二校だ。

 灰島には黒羽以上に声がかかっていたはずだし、たぶん企業からも複数のスカウトが来ていただろう。灰島が進路をどう考えているのか黒羽のほうは気になっていた。

 が、高校卒業後に関して灰島が言ったことといえばこうである。

「ユースの世代からあがったら次はU-21、U-23だな。あと大学行けばユニバーシアードもある。絶対あがってこいよ。当然おれも行く」

 黒羽にとって目下の悩みは進学先だったが、灰島の思考はそこを素通りしてユースの上の世代別代表のことに飛んでいた。直近に迫った目標よりいつも二つも三つも先の目標を見つけて、そこに向かって目の前の目標のど真ん中を突っ切っていくような奴が灰島である。

 育成世代の国際大会であるU-21、U-23の出場資格は年齢制限のみで大学生でも企業やクラブチームの所属でも問わないが、大学生のオリンピックと称されるユニバーシアード大会の出場資格は現役大学生または大学卒業二年以内だ。

「大学行けば」と灰島がわざわざ言ったということは、直接Vリーグに行く可能性も灰島の頭の中にはあるのだ。それに気づいてしまうと、同じ大学に行かんかとは黒羽からは誘いづらくなった。

 自分で考えよう……自分が行きたい道は自分で決めるしかないのだから。

 十一月の県決勝で清陰が二年ぶりの春高出場権を晴れて勝ち取ったあと、十二月上旬に高校選抜の強化合宿があった。スポーツ特待や推薦を受ける高校生の大半はもう願書を提出し終え、事実上進路は決定している時期だ。

 灰島とやっと具体的に進路について話すタイミングがあったのはその段になってからだった。

 宿舎の部屋であぐらを組んで向かいあい、

「せーので言おっせ」

「ああ……」

 と神妙な顔で頷きあった。

 乾いた舌を唾液で湿らせ、黒羽がおもむろに口を開いたときだった。

「あのさ」

 と灰島がふいに遮ったので、舌の上に乗った「サ行」を黒羽は一度飲み込んだ。

 つと灰島が足もとに目を伏せた。あぐらをかいた足の甲を両手で掴み、身体を前後に揺らしてしばし逡巡してから、ぼそっと。

「なんでどっちからも誘わなかったんだろうな……同じとこに行こうって」

 もし二人のあいだに卓袱台があったら両手をぶんあげてひっくり返していたところである。

 なんでもなにもおれは誘いたかったわ! おれが春からさんざん考え抜いたことを、まさかおまえ今思いついたんか!? 覆せない段階まで進路が決まってから!?

 頭の中の卓袱台をひとしきりひっくり返してから、溜め息をついて気を落ち着けた。

「なあ、灰島」

 あぐらの上で前屈みになって灰島の顔を覗き込む。灰島が訝しげに細い目をあげる。

 自分自身の決意を込めて……そして灰島を安心させるように、なるべく晴れやかに微笑んで黒羽は言った。

「ネットを挟んで戦うことになっても……それか、同じユニフォーム着て同じ方向見て戦うことになっても……上目指してやってる限り、どこでどんな形でも、絶対また会える。おまえと会える場所に、おれは絶対また行くで」

「黒羽……」

 清陰と景星に別れてからほぼ二年が経っていた。それぞれが一人一人の力で上を目指して、そこで出会えることを目指してやってきた二年間だった。

 だから今度だって、それぞれが自分の意志で決めた次のステージの先で、きっとまた出会えるはずだ。

「ほんなら、あらためて……せーの、」

 別々の進路を選んだら、引き続きネットを挟んで戦える日を目指すまで。

 けれど、もし一人一人が自分の意志で決めたうえで、同じ進路を口にしたら……。

 知らず知らず二人とも尻を浮かせて額を突きつけあうように前のめりになっていた。

 賭けるような気持ちで言ったその単語が──声と唇の動きの両方が──ぴたりと灰島とハモったとき、二人の四年間が約束された。

『欅舎大学』

【第一話 了】
(第二話連載開始までしばらくお待ちください)

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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