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2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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第一話 砂漠を進む英雄

8. SWALLOW DARKNESS

「オッケーオッケー! いい流れ作ったぞ!」

 監督から第三セットのスタメンが発表される前から三村が率先して中心になり第二セットのメンバーで円陣を組んだ。

「一本決まったのはよかったですけど、最初からもうちょっと決めたかったです」

 安堵と謙遜を半々に言う福田の肩を叩き、

「今日から磨いてけばいいんや。Aチームにあがる武器になるぞ」

 悪だくみじみた笑いを作ってそう励ますと福田が上気した顔で「はい!」と頷いた。

 体育館の消灯時間ぎりぎりまで自主練をしていると三村が寮で話したのは第四戦後だったが、その週の夜練後、灰島がひょっこり自主練に参加してきた。辻か福田、どちらかのミドルブロッカーに八重洲戦までにCクイックを使えるようにさせたいと言いだしたのがその灰島だった。

 この時点で第七戦の八重洲戦まで約十日だった。練習では詰めが間にあっていなかったので使用に不安があったものを本番で臆さずぶちかまし、一セットのあいだに本数を重ねて仕上げてきた灰島の胆力にはおそれ入る。

「うえっ、なんだこれゲロ甘っ!」

 と突然柳楽やぎらの悲鳴があがった。選手の肩にタオルをかけてまわっていた主務の久保塚が振り返り、「あ、それ飲めるの統だけだ。統にまわして」「飲めるの……っていや飲めないでしょ」「おれのおれの。こっちちょーだい」「まじすか!? 中身なんですそれ!?」束の間の補給をしながら慌ただしくも活気ある声が飛び交う円陣の中をバケツリレーでまわってきたボトルを三村は掴み、

「この流れ持ち越して、第三セット出だしからサイドアウトきっちり取ってくぞ。離されなければセット取れる隙は絶対ある。第三セット取るぞ!」

 三村の声に耳を傾けてメンバー全員がいい緊張感を保った顔で頷いた。

 既成事実を作るみたいにチームワークをアピールして盛りあがっていると、実際それで監督が空気に流されたのかどうかはともかく、第三セットもメンバーを変えずに行くと告げられた。

 三村自身はまだなにもパフォーマンスを見せられたとは思っていなかった。終盤の流れを変えた立役者はブロックポイントとCクイックを決めた辻と福田、そしてそのどちらもアシストしたさすがの灰島だ。だが我ながら面の皮を厚塗りしてあえて自分がこのチームを引っ張っているような顔をしていた。

 こいつがムードメーカーだと監督にアピールすることには少なくとも成功した。もうしばらくコートに置いてみようという猶予をもらえた。

 逆を言えば起用してもらった成果を次のセットで見せられなければ、下手をすると今大会はもうチャンスはないかもしれない。レギュラーで長くコートに立てれば好不調の波がある中でピークを掴んでパフォーマンスをアピールすることもできるが、リザーブは必ずしもピークに出場チャンスが巡ってくるわけではない。結果を残せるチャンスも自ずと限られている。

 受け取ったボトルをがぶがぶとあおり、タオルで口を拭って「……っし」と気合いを入れる(ドン引きして見ていた柳楽が「まじか」と呟いた)。ボトルとタオルを久保塚に預け、コートサイドに並ぶ。

「決定率あげてくぞ。黒羽」

 やはり第二セットはいい働きをしたとは言いがたかった黒羽に灰島が発破をかけていた。三村と違って声量そのものがでかいわけではないのにこいつの声からは闘志が溢れでている。活を入れるように黒羽の背中を小突いて押しやり、二人が横に並んできた。

「おまえらってなんで苗字で呼びあってんや? 黒羽はユニやし、灰島はチカって呼ばれてんやろ」

 ふと素朴な疑問が浮かんで三村は隣に立った灰島に尋ねた。「はい?」灰島がきょとんとし、「……なんでって、ずっとそうだからだよな」と向こう隣の黒羽に振った。

「おまえが中二で戻ってきたとき黒羽って呼んだでやが」

 黒羽はなにか思いだすことがあるようでジト目で答えた。

「第三セット、福田さんにマークつくんでサイド振っていきます。三村さんにももっと決めさせます」

 無駄話にそれ以上気を取られることなく灰島が声を鋭くした。

「いいトスは必ずあげます。あとはブロッカーと勝負して勝ってください」

 灰島の気合いに三村は少々気圧されたが、頼もしすぎる一年生からの遠慮のない発破に「おう。頼む」と頷いた。

 なるほど、成果を示さねばならない相手は監督だけではないようだ。今後必ず欅舎の不動の司令塔になっていくこの一年生セッターの期待に応える働きをして承認と信頼を得ねばならない。

 高校以来だ……。なんだかひさしぶりに自分以外の誰かからかけられるプレッシャーが、変な話だが懐かしかった。上から押さえつけられるような重力が肩に加わったが、膝を包むサポーターの力も借りて両足が揺るぎなく全身を支え、まっすぐに立っている。サイドラインにつま先を向けて床を踏みしめた両足に一度目を落とし、頼むぞ、と胸中で呟く。

 審判から両チームに号令がかかった。

 第三セット、コートイン。

「おし、行こう! まず一セット返すぞ!」

 左右に並んだスターティング・メンバー全員の背中を押すように三村は両手を広げて仲間を励まし、大股でラインをまたいだ。

「まわしてきたな。破魔はまサーブからかよ」

 八重洲サーブからだ。レセプションリベロの池端が八重洲側を素早く確認して言ってきた。

 八重洲がローテーションをずらしてきた。コートに入った六人の配置が第二セットのスタート時と大きく違う。いつも前衛からスタートする破魔がバックライトからのスタート。神馬かんばが後衛で浅野が前衛スタートになるのもいつもと逆だ。これによりネットを挟む前衛プレーヤーのマッチアップが第二セットと変わる。

 破魔のサーブは無論脅威だが、そもそも八重洲は全員がいいサーバーなので破魔のサーブ頼みなわけではない。バックライトスタートでは欅舎にとって一番怖い破魔前衛のローテが一周分なくなることになる。

 フロントライトからスタートする灰島が八重洲の意図を読み取ろうとするようにネットの向こうをじっと睨んでいた。

「破魔一本で切るぞ!」「一本カット!」「まずサイドアウト!」

 破魔のサーブに備えるコート内で緊張した声が飛び交う。最初の一点を取るチャンスはこちらにある。先行されたら容易に逆転させてくれない相手だ。先制点を着実にあげてスタートを切りたい。

 レセプションをしっかりあげて灰島からベストの攻撃に繋げたいところだが、破魔の強烈なサーブを受けた池端が反動を殺せず大きく返った。灰島がネット際でジャンプしてボールに食らいつくも指先の数センチ上、触れることができず八重洲側の領域に直接飛び込んだ。「悪い……!」池端が焦って謝る。

 先制点のチャンスが八重洲に渡った。少なくとも後衛の破魔の速攻はない。早乙女からのセット、一本目はレフトへ飛んだ。打つのは前衛スタートの浅野だ。景星学園の主将時代はライトプレーヤーだったが本来どのポジションも万能にこなすオールラウンダーだ。

 正面でマッチアップする欅舎側ライトブロッカーは灰島になる。ブロックのいい灰島を避けてクロスに打ってくるか──いや、ストレートで勝負してきた。外に切るような打ち方でボールを灰島の右手にぶつけ、コートサイドにはじきだした。

 灰島がブロックアウトを取らされる形になり、先制点は八重洲にあがった。

 ぎらついた目で灰島がネット越しに浅野を睨んだ。浅野が好青年然とした顔に存外に挑発的な微笑みを浮かべ、このセットはおれが相手をしようとでもいうように灰島の眼光を受けとめた。

 前のセットは神馬と灰島が多くマッチアップしていたが、ここに浅野をぶつけようということかとローテをずらした目的に合点がいった。

 浅野が二階スタンドに軽く手をあげて合図を送るのを見て、作戦を提案した者の影を感じた。

「オッケーやオッケーや! 連続ブレイクさせんな! 一本あげよう!」

 声をだしながら三村は二階スタンドのアナリスト席を周辺視に入れた。最前列の手すり際に密集しているビデオカメラ群のすぐ脇の席に座っている八重洲のジャージの部員の姿をちらりと認めた。

 高杉たち福蜂の他の同期は全員バレーで進学できることになっていたので、地元を離れてもバレーで繋がりが続いていくことは疑っていなかった。しかし越智に関しては、バレーでの繋がりはたぶん高校で終わるのだろうと、越智の志望を聞くまで三村は勝手に想像していた。そもそも一年の夏に練習で怪我をしてから退部するかしないかというところまで思い詰めていた越智をマネージャーとして引きとめたのは三村だったのだし。

 一浪覚悟で関東の国立大に絞って受けるつもりだという越智の明確なビジョンを聞いたときは驚かされた。

 ほんとに有言実行してみせて、関東一部のアナリストになったんやな……。

 今日この試合で巡ってきたチャンスで必ず成果を見せる──監督に、灰島に、そして越智に……安心させてやれる姿を見せたい。

 一年時はずっとスタンド応援かフロアでモッパーの係だった。

「サーミスいいよいいよ、コースケさん! 思いっ切り攻めて外してこっせー!」

 プラスチック製のメガホンを口にあてて野次まじりの声援を飛ばすと下のフロアの選手が「思いっ切り外してどーすんや! 入れるっちゅうの!」とノリをあわせて怒鳴り返してきた。スタンドでメガホンを並べている他の部員もそれに乗じて「統のなまり伝染ってんぞー!」と明るく野次る。

 高校時代の実績を買われて推薦で入学したにもかかわらず、試合で貢献するどころか練習にもまだ満足に参加できないのではさすがに肩身の狭さはあった。自分自身が疎外感に萎縮しないよう積極的に盛りあげ役にまわったおかげでムードメーカーとしての立ち位置だけは定着していた。

 コートに立てずとも、スタンドからでも試合の空気を変えることはできると自分に言い聞かせる。

 攻めたサーブが惜しくもアウトになり、「あー、もったいない」とスタンドにまばらに座っている一般の観戦客から嘆きがあがった。三村はスタンド側にメガホンを向けて明るい声を張りあげた。

「サーミスは点差開くわけやないんでオッケーです! サーミスんときも拍手お願いします!」

 自校の試合が終わるとスタンド応援の一年は急いでフロアにおり、モッパーを務めていた一年も合流して次の試合の審判に入る。前の試合を終えたチームの部員が次の試合のラインズマン、記録、得点、ボールリトリバーを務めるシステムだ。大会の運営も学生が主体となってまわしているのが大学と高校の大きな違いの一つだ。

 今日の三村の担当はラインズマンだ。自分のチームの試合でユニフォームを着て立てなかったフロアに、チームポロシャツとロンパン姿でフラッグを持って立った。

「おっ、川島、今日スタメン……」

 一九〇センチ級ならごろごろいる会場だが、そんな中でも頭半分大きな選手が東武大学のスターティング・メンバーとしてコートインしていた。北海道からでてきた川島賢峻けんしゅん、二メートル二センチ。その身長がありながら高校時代は腰痛に苦しんだ選手だ。

 六月の東日本インカレまではまだスタンドにいたが、秋季リーグではベンチ入りしているのを見るようになった。東武大での調整がうまくいっている証拠だ。川島をいわば“買い控えた”東武大以外の大学はほぞを噛んでいることだろう──なんて三村が勝ち誇る謂われもないが。

 出場していなかったからデータもまだ乏しいのだろう。相手チームはまだ川島に対応できていない。ズドンッと重量感のある音をともなってブロックの上からスパイクが抜けてきた。ライトからの川島の得意なストレート。だがアウトコース──。

 ぎりぎりまでボールを見つめていた三村の鼻先にドライブのかかったボールが肉薄した。紙一重で上半身をよじって顔を背けたが肩に衝撃が来た。「っと」若干よろけたがはじけ飛びそうになったフラッグをすぐに持ちなおしてワンタッチのジャッジをだした。コースはスパイクアウトだったがブロッカーの指に触れるのを目が捉えていた。

 まだ調子をあげている最中だろうが、存在感を示すには十分なスパイクだ。

 川島のポジションから見て正面──相手コートのサイドラインの延長線上に入っているラインズマンが三村であることに川島が今気づいたようだ。遠くから手振りでこちらに謝ってみせた。三村はフラッグを軽く振って応え、すぐ表情を消すと位置に戻って直立した。

 川島だって回復が早かったわけではない。大学入学後の半年間のみならず、ほとんど試合にでることができず我慢を強いられた高校三年間が積み重なっている。辛抱強く、慎重に、自分の身体と向きあってきたのだ。

 川島の復帰を励みにすればそれでいい。それ以上の感情が言葉になる前に蓋をする。人と比べて羨んでも、、、、しょうがない……って、あーあ、結局言葉にしてしまっている。

 “組みあわせ見たか? 壱成いっせいんとこと初戦であたる”

 “まじか? 今もう一回見る”

 “おれも見たとこ。まじで潤五んとこと初戦であたる”

 全日本インカレの組みあわせが決定した夜はその話題で持ちきりになった。大阪進学組の朝松あさまつ猿渡さわたりの大学はそれぞれ関西学連から、福井に残った神野じんのの大学は北信越学連から出場する。東日本インカレでは会えなかった仲間とも全日本インカレではひさしぶりに会える。

 大学のシーズンの集大成が全日本インカレだ。しかし三村はこのままだと大学一年目は一度も試合にでられずに終わる。小学生からやってきて一年間まったく試合にでられない年は初めてになる。

 “関東一部は圧倒的にレベル高ぇでなー。おれらがでれて統がでれんちゅうことも普通にあるって”

 ひとしきり盛りあがったあと、三村が口を挟んでいないことに気づいた仲間からフォローが入った。フォローさせなきゃいけないのが逆にいたたまらない。余計に口を挟みにくくなっていると、次のメッセージが届いた。

 “福井で十年かかって身についたもんを作りなおしてるんや。焦らんでいいんやぞ。一歩一歩やってくしかないんやでな”

 越智から、グループではなく一対一のメッセージだった。

 だから焦ってえんって、しつけぇな。わかってるでやりすぎんように設定された練習量もちゃんと守ってるし。

 ささくれた感情まかせに返信を入力したが、送らずに画面を消した。

 スマホを布団の上に放りだして寝返りを打つと、部屋の端に横倒しにしてある松葉杖が視界に入った。

 捨てよう、と急に強迫観念みたいなものに襲われた。

 おふくろに捨て方か返し方訊こう。思いついた途端それが最優先事項のような気がしてスマホを再び掴み、

「────危ねー……」

 思いとどまった。

「なにやってるおれ……落ち着け……」

 夜の十二時にこんな用件で電話したら母親は絶対なにかしらこっちの心理に勘づく。

 針を飲むようにネガティブな感情を飲み下した。──絶対に、誰の前でも噴出はさせない。

 それから一週間、越智からはなにも言ってこなかった。一週間ぶりにまたメッセージが来たが、結局無視する形になった一週間前の話には触れずに話題が変わっていた。

 “冬季講習、東京で受けようと思って申し込んだ。来月の二十五から二十八の四日間のやつ、池袋の予備校なんやけど、会えんけ? 顔見たい”

 入力欄に一週間ずっと残っていた文章を消して空欄にしたが、それだけで返信は打たなかった。

 なんも言わんくなったときが心配や、か……。夏に越智が言っていたことが現実になった。すげぇなあいつ。予言者か。

 わかってはいたが、なにか返そうとしてもこのころはどうしてもなにも返事ができなかった。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

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