処女神 少女が神になるとき 植島啓司 「神」であり、「人」であることとは?霊力はなぜ宿り、失われるのか――。 RENZABURO
内容紹介 クマリ&ネパール関連写真 著者プロフィール 担当編集者より 書評、インタビュー他
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処女神
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発売日/2014年7月25日(金)
定価/本体2000円+税
ページ数/320p+カラー口絵32p
四六判ハードカバー
ISBN978-4-08-771564-4
装丁/高柳雅人
彫刻/儀保克幸
処女神 少女が神になるとき 植島 啓司(うえしま けいじ) 「神」であり、「人」であることとは?霊力はなぜ宿り、失われるのか――。

内容紹介

少女がダライ・ラマのように転生するという、ネパールに実在する生き神クマリは、強い霊力を持つとされ、今なお人々に崇敬されている。クマリにはあらかじめ定められた条件に合う幼い少女が選ばれ、出血などの徴候を示すと退位し、次のクマリへと受け継がれてゆく。この処女神は、ギリシア神話のアテナ、キリスト教のマリア、日本神話のアマテラスにも通じる、母性と処女性という相反する属性を宿し、慈愛と破壊の神でもある。ヒンドゥー教、仏教、ゾロアスター教、アジア一帯における大女神信仰ともつながり、日本で人気の高い観音菩薩にも関連している。本書は人々を救い、国王をも跪かせる力を持つ処女神の全貌を、30年以上にも及ぶフィールドワークから明らかにする。謎の探究と旅の記憶が交錯する、知的興奮の書。

目次

はじめに―室生寺にて
第1章 処女神クマリとの出会い
第2章 インドラの祭り(インドラジャトラ)
第3章 百年の孤独
第4章 女神の源流を求めて
第5章 仏教とは何か
第6章 美人の条件
第7章 ロリータ
第8章 祭りの全体像
第9章 美の化身アプロディテ
第10章 ロイヤル・クマリ
第11章 エコール(学校)
第12章 生き神とは何か
第13章 すべての女の子が神になる?
第14章 聖母マリアの出現
第15章 神はどこからやってきたのか
第16章 インド夜想曲
第17章 カルナマヤの伝承
第18章 シヴァとマチェンドラナート
第19章 観音菩薩
第20章 もう一つの祭り
第21章 モロッコへ
第22章 観音菩薩の起源と展開
第23章 インドラジャトラとラト・マチェンドラナートの祭り
第24章 カトマンズの街角で
第25章 五〇〇人クマリ
あとがき―処女神よ、永遠に
註一覧
主要参考文献


〈もちろん、「人間が同時に神である」とは不条理な言説である。しかしながら、彼女ら一人ひとりの力によって、いかに多くの人々が救われてきたかをも考慮しなければならないだろう。いまこそ逆に、それを持たないわれわれの社会の不幸についても議論すべき時期なのではなかろうか――〉[本文より]




クマリ&ネパール関連写真 © Akira KASUGA 2003, © Hiroyuki KOINUMA 2010







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プロフィール
植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。宗教人類学者。東京大学卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了後、シカゴ大学大学院に留学、ミルチャ・エリアーデらのもとで研究する。NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ客員教授、関西大学教授などを歴任。著書に『聖地の想像力』『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』『日本の聖地ベスト100』『偶然のチカラ』『生きるチカラ』『「頭がよい」って何だろう』『突然のキス』『官能教育』など。

担当編集者より 本書は、国内外の聖地研究を続けている著者のライフワークともいえるテーマを論じています。著者は退位した元クマリたちや、彼女を支える周辺の人々の話を聞き、長年にわたり調査を行なってきました。カトマンズの歴代のクマリとも旧知であり、さまざまな儀礼の現場を数多く体験した成果が、本書には込められています。生き神クマリを考察することは、宗教を超えて広く女神の系譜をたどることにもつながり、我々に身近な神仏とも関係してきます。著者の行なった旅とともに、知的好奇心を満たす喜びを感じていただければと願っています。

書評、インタビュー他


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