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怖い患者

怖い患者

怖い患者

久坂部 羊 著
2020年4月3日発売
ISBN:978-4-08-771708-2
定価:本体1600円+税

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「我ながら毒気の強い作品ばかりで、あきれます」と、書いた本人もため息。
現役医師の作家・久坂部羊が描く、強烈にブラックな短編集!

【書評】描写のリアリティが空恐ろしい
評者:千街晶之(ミステリ評論家)

 2003年に『廃用身』でデビューした久坂部羊は、医師と兼業の作家である。
 海堂尊や知念実希人など、現役医師にしてデビューを果たしたミステリ作家は珍しくないが、その中で著者の際立った特色と言えるのは、作風にかなり毒気の強い要素が含まれている点だ。
 デビュー作『廃用身』からして、患者の動かなくなった手足(廃用身)を切断する療法というかなり異様な発想に基づく小説だったし、ミステリ色の濃い『テロリストの処方』は「勝ち組」医師を狙った連続殺人を描くサスペンス小説である。中でも『嗤う名医』は、誰にとっても無縁ではない人生の陥穽を医師や患者の立場から描いた、ブラックユーモアたっぷりの短篇集として印象的だった。
 さて、著者の新作短篇集である『怖い患者』は、タイトルからして『嗤う名医』と対になっていることは明らかだろう。医療現場に関連するトラブルの数々が描かれる点は共通している。
 多くの医者にかかっても、自身の症状をパニック障害だと診断されることに納得できない愛子。ようやく信用できる医師にめぐり合ったものの、今度は彼の問診の意図に疑いを抱く。医師のもうひとつの顔を知った彼女は……(「天罰あげる」)。外科医の涼子は、患者の不幸に内心密かに悦びを覚える性格。そんな彼女にTV出演の誘いが来た(「蜜の味」)。妊娠中の真実子は、夫のもとに自分を誹謗する手紙が届いていたことを知った。手紙を書いたのは幼稚園のママ友か、それとも夫の家族か(「ご主人さまへ」)。医師の九賀は、自身の経営するクリニックに老人たちのためのデイサービスを併設した。公平であれという綺麗事で塗り固められた彼の無為無策が原因で、老人たちのあいだのトラブルはエスカレートしてゆく(「老人の園」)。懇親会の最中に突然倒れた大学職員の希美。ミシュリンというヘルペスの抗ウイルス剤が原因なのだろうか。希美は、ミシュリンの副作用を告発しようとする社会運動に巻き込まれてゆく(「注目の的」)。
 タイトル通り患者の視点で描かれる話も、医師が主人公の話もあるが、他罰的性格、被害妄想、事なかれ主義などが巻き起こすトラブルの描写は絶妙なリアリティがあり、空恐ろしい気分にさせられる。「注目の的」を除く各篇が一人称で綴られているため、冷静な第三者からは見える筈の主人公の心の歪みが、本人の意識の中ではあの手この手で正当化されてしまっている点が生々しい。主人公と周囲の人々、あるいは医師と患者のあいだの意識の断絶も、著者の小説ではよく見られる描写である。著者の作品中でも、毒気の強さでは屈指だろう。

(小説すばる 2020年5月号より転載)

『怖い患者』刊行記念対談 吉村萬壱×久坂部 羊

ハッピーエンドはとても書けない

久坂部羊さんの短編集『怖い患者』が刊行されます。
いくつもの病院を渡り歩く“ドクターショッピング”に走る女性を描いた「天罰あげる」、心地よく利用者に過ごしてほしいと心を砕く介護施設で起きた予期せぬ争い「老人の園」、注射の副作用を疑い始めた女性が一躍時の人となる「注目の的」——。
現役医師でもある久坂部さんが描く5編の作品はどれも強烈にブラックで、そして、現実と地続きの世界です。
刊行に当たり、吉村萬壱さんをお招きし、対談していただきました。純文学とエンターテインメントと、活躍の舞台は異なりますが、互いに共通点を感じていたというお二人。それはどんな点なのでしょうか。二人の出会いから、対談は始まりました。

構成=砂田明子/撮影=HAL KUZUYA

読後感最悪小説集です

久坂部昨年(2019年)の二月、朝井まかてさんの司馬遼太郎賞受賞の祝賀会の二次会で、初めてお目にかかりました。

吉村はい。黒川博行さんから久坂部さんがいらっしゃっていると聞いて、ぜひ、挨拶させてもらおうと。

久坂部僕はお顔は存じ上げていたけど、芥川賞作家さんですから、こちらから声をかけたらいけないと思っていて。そうしたら萬壱さんから挨拶に来てくださって、感激したんです。

吉村僕が芥川賞をとったのは2003年で、その後、老人小説を書こうという話がある出版社と進んでいたんです。なかなか書けないでいたら、久坂部さんの『廃用身』が出たんですよね。読んだら素晴らしくって、もう絶対かないませんと、白旗を揚げました。それでも編集者に書けといわれて書いたんですが、1500枚くらい、全没になりました。

久坂部えっ。それはひどい……。

吉村以来、久坂部羊さんという作家にはかなわないと刷り込まれて、意識していたんです。

久坂部僕は『ハリガネムシ』と『ボラード病』をまず読んで、はまりました。『前世は兎』もそうなんだけど、僕が純文学を目指していた頃に書きたかったような小説なんです。不条理で、妄想もエロも入っていて、なおかつ哲学的だったりもする。合っているかわかりませんが、カフカとつげ義春をまぜて発酵させたような、ものすごく好きなテイストで、今、ご本人を前にして、羨望を感じているところです。

吉村もともとは純文学志向だった?

久坂部はい。萬壱さんがとられた文學界新人賞にも何度か応募して、三回、最終候補になっているんです。それでも受賞できなかったから、萬壱さんは憧れの道を歩いていらっしゃる人。

吉村でも、書いていることはあまり変わらないと思います。

久坂部ほんとうに。似てるなと思います。嗜好や、向いている方向が。

吉村そうですね。

久坂部世の中と逆を向いている。特に今回の作品集は、出してもらう集英社さんに申し訳ないくらい、読後感最悪小説集という感じ(笑)。好き放題書かせていただいた短編集です。

吉村なるほど。僕の場合、短編は長編に比べて、やりたいことができます。


  • 吉村萬壱さん

久坂部『前世は兎』はそうでした?

吉村はい。書き逃げみたいな。長編だと、広げた風呂敷を畳まなければいけないという意識が出てくるんだけれど、短編は、広げっぱなしで逃げていい。

久坂部後は読者に感じてもらえばいいと。純文学はそれができるんですね。

吉村そこはエンタメと違うのかな。

久坂部一応オチをつけないといけないという気持ちはありますね。こういう話です、というのをわかりやすく読者に出さないといけない。僕は小説で人間を書きたいんだけど、それ以上に、ストーリーを書かなければいけない。

吉村確かに、今回の短編も話がどんどん展開していきます。エンタメにはセオリーがあるんでしょうね。純文は動かない人間や情景を延々と書きますから。だから僕のは没になった(笑)。

優しすぎる世の中に対する
アンチテーゼを

吉村久坂部文学は事実を書いていますよね。ひどい話だけどリアル。でも事実を知らされると、人間は考えますよね。読者を絶望させ、不快にさせるだけじゃない。

久坂部医者をしていると、何の罪もないのに病気で死んでいく人をたくさん見るんです。かわいそうな状況とかね。そういう現実があるのに、ハッピーエンドの小説はとても書けない気がする。『ドクターX』は、ドラマとしては面白いけど、そんなにうまくいくはずないよと。世の中にはどちらかというと明るい話が溢れています。そういう話も必要だけど、現実の厳しさや悲惨さを描いたものにも、それをエンターテインメントで描いたものにも、意味があると思っているんです。そういう作家は少ないから。

吉村少ないですね。でも、久坂部さんの小説が読者を獲得していらっしゃるということは、やはり皆、薄々わかっているんですよ。これが事実で、事実を言い当ててくれるから気持ちいいと。今回の作品集もどれも面白かったんですが、「注目の的」に出てくる「疾病利得(しつぺいりとく)」という言葉は、本当にあるんですか?

久坂部あるんです。病気になることによって得る、心理的、社会的、経済的な利益ですね。これは近代病だと思います。病人は労いたわってあげなければいけないんだけど、そうした親切を悪用する連中が出てきた。この短編では優しすぎる世の中に対するアンチテーゼを書いてみたかったんです。

吉村例えば就職できない人とか、引きこもりの人とかが、手っ取り早く自己肯定感を得るために、病気になって同情してもらう。そういう方向に行くことはあるだろうと思いました。

久坂部日本の豊かで自由な状況が生み出したものですね。内戦中や飢えている国ではあり得ないですから。

吉村「老人の園」も怖い話で。入れ墨をした女の人とかアクの強い人が、これでもかというくらい、次々に出てきます。

久坂部最初は「老人リンチ」というタイトルだったんです。デイサービスが舞台で、ヤクザの元情婦もいれば、「ボケがうつる」と言ういやらしいおっさんもいる。彼らにはモデルがいるんです。

吉村実話なんですか?

久坂部登場人物のモデルは、私がやっていたデイサービスで出会った人たちですね。ここで書きたかったのは、弱い年寄りでも人数が集まると反逆のパワーが生まれるということです。そしてデイサービスの医者は善意でお年寄りを診ているんだけど……、だからといって、うまくいくわけではない。一生懸命やれば、笑顔でやれば報われるとよく言われるけれど、そうではないんだということを書きたかった。


  • 久坂部羊さん

吉村なるほど。よく伝わってきます。

久坂部現場で真面目に医療や介護をやっている方に否定的なことばかり言うつもりはないんだけど、識者とかコメンテーターがきれいごとを言うでしょう。ああいうのにムカつくんですよね。

吉村それはわかります。僕、教員をやっていましたから、クラスを一つにまとめようと言われても、絶対無理ですわと。一つになったら逆に気持ち悪いですよ。

久坂部ああ、それはファシズムだ。

吉村そう。だから一つになる必要はないと、声を大にして言いたい。

久坂部今はテレビでちょっと過激なことを言うと、すぐに炎上、謝罪に追い込まれるから、つまらない、同じようなコメントばかりになっています。本当のことをあっけらかんと言う世の中になってほしい。それができるのが文学です。

医者にとって患者とは?

吉村この作品集は「患者」がテーマになっているわけですが、実際、お医者さんから見て患者というのはどういう存在ですか?

久坂部真剣に医者をやっていればいるほど、患者さんが亡くなると自分を責めるし、悩むものです。でも、医者がのたうちまわっていると、次の患者さんを診られないんですよね。患者さんからしたら、医者には親身に診てほしいと思うでしょうけれど、医者からすると、人間として惚れこんだり、共感していたら大変だよという気持ちはあります。

吉村そうでしょうね。それから、憎たらしい患者もいるでしょう?

久坂部はい。「天罰あげる」には医者を翻弄する患者を書きましたが、現実では、プロは患者を憎らしいと思ってはいけないんです。命の差別につながりますから。

吉村そうですね。

久坂部だから目の前の患者さんを救うことだけに医者は一生懸命になるわけですが、救ったために、ご本人や家族が不幸になるような患者もいるわけです。今一番問題になっているのは超高齢者です。95歳の認知症の心臓弁膜症の患者の手術をすべきなのか。

吉村死にかけの人が点滴をされると、余計にしんどいと聞いたことがあります。

久坂部そうなんです。心臓にも肝臓にも負担がかかりますから。無理やり食べさせられるのもしんどいんですね。欧米では虐待になります。でも救急隊は呼ばれたら、95歳の意識のないこの人はこのまま家に置いておいたほうがいいのではと思っても、病院に運ばなければいけない。病院も患者が運ばれてきたら、検査して治療をしなければいけない。
 最近は、延命治療よりも、平穏死や在宅死を望む人が増えてきて、病院で死ぬ人が減り、在宅死の割合が上がってきました。医療が自らにブレーキをかけて、要らないことをしないのは望ましいと僕なんかは思うんだけど、それはある意味、医療の発展の妨げにもなるし、医者の自己否定にもつながるんですね。

吉村なるほどね。一生懸命やっている医者ほど、自己否定感を覚えるでしょうね。そういう難しさがある。

裏をかいた反戦小説

吉村久坂部さんは一貫して医療小説を書かれていますよね。

久坂部私が医療小説以外を書いてもどこの出版社も出してくれない(笑)。もちろん好きでもあるし、自分の優位性を生かせるのは医療小説だとわかっています。それに、今の医療って、いくらでも問題点があるんです。皮肉なことに、医療が進むと、その分、新たなトラブルや矛盾、不条理が露(あら)わになる。人間相手ですから、テーマが尽きない分野です。
 その点、萬壱さんは毎回違うものを書かれているから、大変でしょう?

吉村全然大変じゃない(笑)。テーマはずっと変わらないんですよ。いいことをすればいいことが起きるとか、奇跡は起きるとか、そういうことは全部噓っぱちだと。

久坂部起こらないから奇跡なんですよね。萬壱さんの小説はアナーキーなところがあるから、今の話はよくわかります。

吉村もちろん努力によってそれなりに結果が出ることはありますけれども、頑張っていてもある日、交通事故で死ぬかもしれない。結局、偶然と運だと。
 もともと戦争や虐殺、粛清とかで、理不尽に人が殺されていくこと、あるいは理不尽に人を殺すことに対して、強い恐怖があるんです。多分、母親の体罰から来てると思うんですけど。子供の頃、めっちゃ殴られたんですよ、母に。その経験が自分の中に根強く残っていて、さらに大人になって、映画を見たり本を読んだりしますよね。例えば映画『キリング・フィールド』を見て、カンボジア内戦における虐殺を知ったり、本でナチスの虐殺などを知るに及んで、本当に怖いなと。と同時に、そういう現実がこの世の中にはあるんだと。存在するんだと。だったら、それをなかったことにして生きていても仕方ないと思ったんです。

久坂部そこが似ているんですね。僕も病院でつらい現実を見て、それはいつ、誰の身にも起き得ることだというのを、伝えたいんですよね。
 僕は萬壱さんの小説を読むことは、一番の戦争抑止力になると思っているんです。寓意性が高く、戦争とか独裁を、必ずしもストレートには描かれないんだけれども、なんていうのかな、裏をかいた反戦なんですよね。それがかえってずしんと来る。それから萬壱さんの小説には、悲惨さプラス、ユーモアがあってね。言葉の面白さも好きなんです。「キムチクなる」とか。

吉村ああ、気持ちよくなったことを。

久坂部そう。他にも「イーッてなる」とか「じゅみません」とか。悲惨な状況が書いてあっても、プっと吹き出す場面や言葉が出てくるんですよ。あれはやっぱり持って生まれたセンスなのかなあ。

吉村でもやっぱり人間って、必死なときほど面白いですよね。

久坂部そういうときに滲(にじ)み出るユーモアはありますね。

吉村そう。悲惨が極まると笑い出したくなるような。残酷さと笑いって隣り合っていると思うんですよ。だから酷い状況でも、面白い光景というのは存在するだろうと。そこをちゃんと見たいし、言葉にしたいなと思っています。

底を打ったところから
どう生きるのか

久坂部具体的に、どういうときに、書くものを思いつかれるんですか?

吉村うーん、どうだろう。何か腹立つこととか、嫌だな、不自然だなと感じることがあったときですかね。例えば『ボラード病』を書いたのは、当時、「絆」が叫ばれていた空気に違和感があって、それが書く原動力になりました。

久坂部そこに、吉村萬壱流の加工と発酵をさせている感じがします。

吉村なんだろうな。僕、哲学が好きなんですよ。哲学って物事の根本を問う学問じゃないですか。だから何か嫌なことを感じたときに、哲学書を読むと、わからないなりにヒントになるし、着想が湧いたりしますね。

久坂部例えばどんな哲学書を?

吉村一番好きなのはニーチェで、ハイデッガーや、サルトルも読みますね。

久坂部西洋哲学を。

吉村そうですね。全く理解できないけど、ドゥルーズを読んでみたりとか。何かすごいことを言ってるみたいだぞという、その感じが好きなんです。あと、ふだん自分が使っている言葉とは全く違う言葉で書かれているから、発想が飛ぶ。発想が自由になる気がするんです。そういう影響はあるかもしれません。

久坂部なるほどね。萬壱さんに書いていただいた『黒医』の文庫解説の中に、エミール・シオランが出てくるので読んでみたら、僕でもこんなひどいこと言わないわ、というくらい徹底的にペシミスティックな思想家でした。

吉村本当に落ち込んだときは、シオランくらいしか読めないですよね。

久坂部わかります。僕も哲学は好きですし、先ほどユーモアの話をお聞きしましたが、やっぱり小説は面白くないといけないと思っているんです。この我ながら不快な、嫌らしい小説だって、面白いと思って書いているんです。人間、底を打ったところからどう生きるのか、と。

吉村はい。面白くて、読みながら快哉を叫んでいました。

久坂部今日は本当に励まされました。ありがとうございました。

(青春と読書 2020年4月号より転載)


プロフィール

吉村萬壱(よしむら・まんいち)
1961年愛媛県生まれ。作家。大阪で育つ。京都教育大学卒業後、東京、大阪の高校、支援学校教諭を務める。2001年「クチュクチュバーン」で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。著書に『ハリガネムシ』(芥川賞)『ボラード病』『臣女』(島清恋愛文学賞)『前世は兎』『出来事』等多数。

久坂部 羊(くさかべ・よう)
1955年大阪府生まれ。医師、作家。大阪大学医学部卒業。外務省の医務官として9年間海外で勤務した後、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事。2003年『廃用身』で作家デビュー。以後、現代の医療に問題提起する刺激的な作品を次々に発表。14年『悪医』で第3回日本医療小説大賞を受賞、15年『移植屋さん』で第8回上方落語台本優秀賞を受賞。著書に『破裂』『無痛』『虚栄』『老乱』『院長選挙』『老父よ、帰れ』等多数。
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『怖い患者』試し読み

天罰あげる

1

 まだ元気で区役所に出勤していたころ、女子トイレの中でこんな声を聞きました。
「地域振興課の宮城(みやぎ)さんて、なんか頭、悪そうじゃない」
「ああ、あの、いかにも仕事ができなさそうな子」
 わたしのことです。わたしは個室の中で動けなくなり、このまま全身が乾いてミイラになってしまうんじゃないかと思いました。
 その少し前、昼休みに自分の席で新書を読んでいたら、先輩の女性職員からこんなことを言われました。
「あんた、そんなむずかしい本読んで、意味わかるの」
 笑ってごまかしましたが、あとはいくら集中しても、一行も頭に入ってきませんでした。今から二年ほど前のことです。

 わたしは小柄で瘦(や)せていて、顔も身体(からだ)も地味で魅力がありません。頭が悪そうに見えるのは、低い鼻にのせている眼鏡がいつもずり落ちているからかもしれません。目も細いし、頰もこけていて唇の色も悪い。大学三年生のとき、大学祭の模擬店の人相占いで、「将来、不幸になりそうな顔」と言われたこともあります。
 そんなわたしですから、生まれてこのかた二十六年間、男の人とつき合ったことはありません。親はわたしに「愛子(あいこ)」なんてかわいい名前をつけてくれたけれど、それはわたしが生まれつき愛情や恋愛に縁の薄い人間であることを、予感したからではないでしょうか。せめて名前だけでも愛に恵まれるようにと。
 東京の四年制大学を出て、首尾よく区役所に採用されましたが、自分がそれほど優秀でないことはよくわかっています。でも、仕事は一生懸命やっているし、ミスも決して多くはないはず。新書を「むずかしい本」と言う先輩よりは、ずっと役に立っているつもりです。なのに評価してもらえない。課長も係長も、見た目が派手で、口のうまい職員ばかりをかわいがる。
 わたしがはじめて「発作」を起こしたのは、トイレで女子職員の陰口を聞いてから間もなくでした。通勤の電車の中で、急に何とも言えないイヤーな気分に襲われたのです。冷や汗が噴き出し、手が痺(しび)れて、意識を失いそうになりました。次の駅で降り、ベンチに座って自分の身体を抱えていたら、駅員さんが救急車を呼んでくれました。運ばれた病院で鎮静剤の注射を打たれ、血液検査や頭のMRIの検査もしてもらったけれど、特に異常はありませんでした。真夏だったので、熱中症か、過労だろうと言われました。点滴を受けると気分も落ち着き、その日の夕方には病院を出ましたが、わたしは「発作」の苦しみが忘れられませんでした。
 次の「発作」は、コンビニでレジを待っているときに起こりました。中年の女性が公共料金の振り込みで手間取り、となりの列に並んだほうがよかったと思った瞬間、たまらない気持になったのです。この世の終わりに直面したような、とてつもない恐怖。わたしは居ても立ってもいられなくなり、商品の入ったカゴをその場に落として店から走り出ました。交番で救急車を呼んでもらおうかと思いましたが、それはよくないので、自分でタクシーを停めました。病院へ行くと、やはり鎮静剤を打たれ、いろいろ検査を受けたけれど、またも結果は異常なし。精神的な発作だろうと言われました。
 それからも何度か似たような症状があり、都立医療センターの心療内科で下された診断は、「パニック障害」。でも、納得することはできませんでした。
 パニック障害というのは、突然起こるパニック発作と、それがいつ再発するかわからないという不安から、生活範囲が限定される病気です。パニック発作とは、強い不安や恐怖のために、動悸(どうき)、息切れ、めまいなどが起こることです。でも、わたしの「発作」はそんな生やさしいものではないんです。口では説明できないイヤーな感じ。この世が真っ暗になって、絶望しかない世界に放り込まれたような、不安とも恐怖ともつかない胸騒ぎ。いえ、それでもぜんぜん言い足りません。もっと不快で、哀しくて、恐ろしくて、いたたまれない感覚なのです。
 一生懸命、医師に説明するのですが、どうしてもわかってもらえない。「それはパニック発作です」の一点張り。でも、わたしがいろいろ調べてみても、パニック発作の説明に、そんな言いようのない不快感のことは書いていません。心の底から湧き上がるような得体の知れないあのイヤーな感じは、決してただの発作なんかじゃない。
 都立医療センターの医師ではらちが明かないので、わたしはネットで評判のよい新宿(しんじゆく)のとあるクリニックに行きました。そこではまず、臨床心理士がわたしの話をじっくりと聞いてくれました。一時間半ほどもしゃべったでしょうか。期待して診察室に入ると、タレントめいた軽薄な眼鏡をかけた若い医師が、自信満々の顔で言いました。
「典型的なパニック障害だね。大丈夫、ぼくに任せなさい」
 わたしはがっかりしました。それでも、一応、処方された薬をのみました。医師の指示通りにのんだのに、一週間のうちに二回も「発作」に襲われました。
 それからです、わたしのドクターショッピングがはじまったのは。わたしは症状を正しく診断してくれる医師を求めて、さまざまな病院やクリニックに通いました。でも、よい医師にはなかなか巡り会えませんでした。こんなに苦しいのに、どうしてわかってくれないのか。ありきたりな検査ばかりで、いっこうに症状の本質を見てくれない。明らかにパニック発作ではないのに、そうだと決めつけられたり、症状があるのにどこにも異常はないと言われることほど、つらいことはありません。
「発作」以外にも、感情がコントロールできなくなり、何も考えられなくて、一日中ぼーっとしていたり、不眠、虚言、拒食などの症状が出て、ついにリストカットまでしてしまいました。そのたびに診断は、「境界性人格障害」「うつ病」「適応障害」「社会不安障害」「高機能自閉症」と変わりました。ほんとうの病名は何なのか。
 そんな状態だから、今は区役所は長期休職中です。はじめは有給休暇をとっていたけれど、もういいだろうと思って復帰したら、とたんに症状が悪化して、ベッドから起き上がれなくなりました。這(は)うようにして病院に行くと、医師に本格的な療養が必要だと言われました。そして半年の休職です。
 しかし、それもうまく行かず、職場復帰が近づけば調子が悪くなることの繰り返しで、ずるずる二年も休んでしまっているのです。
 島根にいる両親には病気のことは話していません。心配をかけたくないからです。幸い、診療所やクリニックを変えても、医師はすぐに休職のための診断書を書いてくれます。「うつ病(等々)のため、○月○日から×月×日まで休養を要す」と、たった一行で五千円。高いと思うけれど、仕方がありません。
 区役所の職員のなかには、わたしが怠けているとか、甘えているだけだと思っている人もいるらしいです。もしほんとうにそうだったら、どれだけいいか! あの思い出すのもイヤーな感じさえ襲って来なかったら、いくらでも頑張れるのに。でも、この病気は外から見えないから、理解してもらいにくいんです。それがつらい。
 わたしが心から願うのは、一日も早く元気になって、職場に復帰することです。そのためには、いい医師に巡り会わなければなりません。最近、心療内科はあちこちに増えていて、ネットでもいろいろな情報が得られます。けれど、実際に行ってみると、医師が冷たかったり、無能だったり、金儲(かねもう)け主義がミエミエだったりと、失望してばっかり。
 あるクリニックでは、「あなたはよけいな知識を仕入れすぎ」と言われました。「だから自分で病気を作っているのですよ」と。別のクリニックでは、「あとがつかえているから」と途中で話を打ち切られました。「気に入らないのなら、ほかの病院もあるでしょう」と突き放されたこともあります。医師から「ボクを困らせないで」とも言われました。困っているのはわたしなのに。
 ひどい医師に当たったときは、診察を受ける前以上に落ち込み、つらい気持でいっぱいになります。わたしの病気を理解してくれる医師はいないのでしょうか。わたしはこれからもずっと、自分ひとりで耐えていかなければならないのでしょうか。そう思うと、絶望的な気分になって、生きているのさえいやになります。心が悲しみでいっぱいになって、わたしなんか生まれてこなければよかったのにと思います。




 
そんなとき、偶然、「クローバーこころの内科クリニック」の小川義久(おがわよしひさ)先生に出会ったのです。
 きっかけは、上野毛(かみのげ)の五島(ごとう)美術館で開かれていた源氏物語絵巻展でした。源氏物語が好きなわたしは、土曜日の午後、ひとりで見に行ったのです。
 そのとき、駅から美術館に向かう途中に、新しくオープンしたクリニックを見つけました。クリーム色の壁に吹き抜けのおしゃれなクリニックで、とてもいい感じに見えました。「こころの内科」というネーミングも優しい響きです。
 わたしは美術館の行きと帰りにじっくりと観察し、帰ってからネットで調べてみました。ホームページは上品なデザインで、メンタルヘルスケアが専門だと書いてありました。院長の小川先生は四十二歳で、メタルフレームの眼鏡がいかにも知的な細面の人です。
 口コミ情報や患者のブログでも評判は上々でした。開院してまだ七カ月ほどで、患者があまり多くなさそうなのも好都合です。わたしはさっそくホームページから初診予約のメールを入れました。
 はじめての診察の日、わたしはできるだけ期待しないでクリニックに行きました。期待が大きければ、それだけ失望も大きいと、これまでの経験でいやというほど思い知らされていたからです。
 結果は、思ったよりはるかに好ましいものでした。受付の女の人の対応もよかったし、看護師さんも親切でした。院長の小川先生は、西新宿医科大学のご出身で、物腰も口調もスマートな方でした。わたしの話に熱心に耳を傾けてくれ、例のイヤーな感じにも、「何となくわかります」と言ってくれました。そして診察のあと、恐る恐る診断を聞いたら、首を捻(ひね)りながらこう言ったのです。
「ちょっと複雑な症状なので、一概に病名はつけられませんね」
 小川先生は、わたしをパニック障害だとは決めつけなかった! 今あるいろいろな病名に、わたしを無理やり押し込めようとはしなかったのです。わたしは大きな喜びを感じ、強い信頼感を抱きました。
 医師と患者の相性は、初対面の印象で決まると思います。よい先生に巡り会えれば、それだけでもう病気は半分治ったも同然です。その証拠に、診察の後半にはわたしはすっかり気分がよくなり、お薬もいらないのではと思ったほどですから。
 それでも先生は、抗不安薬と抗うつ剤を処方してくれました。似たような薬はほかでももらっていましたが、のんだ感じはまるでちがいました。きっとプラセボ効果もあるのでしょう。効くと思ってのんだ薬はよく効くという心理効果です。たとえそうであっても、患者にすれば、効けばそれでいいのです。
 それからわたしは、毎週金曜日に小川先生のクリニックに通うことにしました。
 小川先生の治療は、「バイオフィードバック療法」という最新式のものでした。認知行動療法の一種で、病気の本質を自ら理解し、行動によってそれを改めるやり方です。
 まず、スクリーンにいろいろな状況を映し出して、そのときの心理状態を自分で把握します。手のひら、手首、胸、額にセンサーを貼りつけ、脈拍、発汗、筋肉の緊張などをモニターします。スクリーンに映し出されるのは、高級レストランでの食事風景、ショッピングモールの人混み、だれもいない広場、会社で上司が怒鳴る場面等々。
 わたしは本革張りの一人掛けのソファに座り、リラックスした気分でスクリーンを見ます。治療がはじまると、小川先生はソファの横に膝立ちになって、モニターに表れる心の状況を説明してくれます。わたしより低い目線で、心理状態の把握を支援してくれるのです。それがどれほど安心感を与えてくれるか。
 小川先生の治療を受けるようになってから、わたしはめきめき回復し、すぐにも仕事に復帰できるのではとさえ思いました。しかし、油断は禁物です。前に職場にもどって失敗したときも、自分で勝手に判断したのが原因だったからです。





 小川先生の診療はすばらしいのですが、ひとつだけ迷っていることがありました。それは患者仲間の砂田汐美(すなたしおみ)のことです。
 汐美とは荻窪(おぎくぼ)の神経科クリニックで知り合いました。わたしより三歳下のフリーター。病気はわたしと同じく複雑で、心身症だとか、妄想性人格障害、重症ストレス障害、解離性障害など、いろいろな診断をもらっていました。右の前髪がまばらだったので、どうしたのと聞くと、知らないうちに自分で抜く抜毛症(ばつもうしよう)とのことでした。子どものころは、抜いた毛を食べる食毛症もあったそうです。
 そのときは世間話をしただけでしたが、後日、表参道(おもてさんどう)の心療内科でも偶然いっしょになり、お互い驚きました。汐美もわたしと同じく、あちこちのクリニックや診療所でひどい扱いを受け、必死にドクターショッピングをしていたのです。
 話を聞くと、わたしが最低だと思った医師に彼女もいやな目に遭わされていたり、受付が横柄な診療所で同じようにえらそうに言われたりしていて、大いに意気投合しました。
 汐美はもともとはまじめな性格ですが、高校のときに調子が悪くなって、悪い友だちに引きずられ、高校を中退して以来、ずっと心療内科とは縁が切れないそうです。調子のいいときはバイトをしたり、派遣社員になったこともあるようですが、ここ二年ほどは生活保護を受けているそうです。彼女自身は早く立ち直り、就職もしたいと思っているのに、まわりはそれをわかってくれない。
「この病気さえなければ、どんなつらい仕事だってやるのに……」
 そう言って涙をこらえる汐美を見ると、わたしも思わず泣けてきました。二人で話し合ってたどり着いた結論は、わたしたち心を病む者は、よい医師に巡り会えるかどうかが死活問題だということです。社会に復帰しようにも、調子の悪いときに医師の支えがなければ、すぐ最悪の状態に逆もどりしてしまうのですから。
 だから、汐美とわたしは約束しました。どちらかがよい医師を見つけたら、必ず相手にも紹介すると。
 わたしは今、小川先生を汐美に紹介しようかどうか迷っています。小川先生の診療を受けるようになって、一月半(ひとつきはん)。それくらいの期間でよい医師と決めつけていいのかということが一つ。それから、わたしにとってよい医師でも、汐美にはどうかはわからないということが一つ。この二点で決断できないのです。
 いえ、でも、ほんとうの気持は、別のところにあるのかもしれません。それはある種の不安です。小川先生を汐美に取られてしまうのではないかという恐れ。汐美は美人だし、化粧も派手で、着る服だってかっこいい。胸も大きく、男性経験も豊富そうで、女として貧相なわたしとは大ちがいです。
 小川先生は今、わたしの治療にほんとうに一生懸命になってくれています。わたし一人でもたいへんなのに、その上、汐美までお世話になったら、きっと負担が大きくなりすぎてしまいます。だからもう少し待って、せめてわたしの診療が月に一度くらいになってから、汐美に紹介しようと思っています。





 週に一度のバイオフィードバック療法と、小川先生に処方してもらった薬のおかげで、わたしは信じられないくらい心が落ち着き、しばらく「発作」から遠ざかっていました。
 ところが、ある日の診察で、小川先生が突然、「そろそろ診察を二週間に一度にしてみようか」と言ったのです。わたしは驚きました。いくら調子がいいとはいえ、まだほんの二カ月ほどしかたっていないのです。先生は忙しいのでしょうか。それとも、わたしの治療が面倒なのか。わたしは強い不安を感じました。でも、先生の言いつけは絶対です。わたしは泣きそうな気持をこらえて、「わかりました」と答えました。
 最初の一週間は何事もなくすぎました。あと一週間がんばれば先生に会えると思ったとたん、急にイヤーな気分になりました。あと一週間も我慢しなければならない、どうして、わたしが何か悪いことをした? そう思った直後に「発作」が起こり、わたしは救急車でクローバーこころの内科クリニックに運ばれました。小川先生以外の治療は受けないと救急隊員に言ったからです。
 小川先生はほかの患者さんを診察していましたが、中断してわたしを診てくれました。先生の顔を見ただけで気分が落ち着き、話ができるくらいには回復しました。鎮静剤の注射を打ったあと、小川先生がこう言いました。
「二週間に一度の診察はまだ早かったようだね。ぼくの判断ミスです。申し訳ない」
 先生が患者であるわたしに頭を下げてくれたのです。わたしは身体がバターのようにとろけ、その上から蜂蜜をかけられたような気分になりました。それは快感とか、悦楽などよりはるかに大きい、神々しいほどの喜びでした。
 先生はわたしの目をじっとのぞき込み、優しくささやきました。
「もし心配だったら、週に二回の診察でもいいよ」
 ほかの患者さんはそっちのけで、先生はわたしのために週に二回も診察時間を取ると言ってくれたのです。「発作」で先生に迷惑をかけたのは申し訳なかったけれど、わたしは特別な患者なんだ。そんな思いが胸に芽生えました。


〈続きは本編でお楽しみください〉

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著者プロフィール

久坂部 羊(くさかべ・よう)
1955年大阪府生まれ。医師、作家。大阪大学医学部卒業。外務省の医務官として9年間海外で勤務した後、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事。2003年『廃用身』で作家デビュー。以後、現代の医療に問題提起する刺激的な作品を次々に発表。14年『悪医』で第3回日本医療小説大賞を受賞、15年『移植屋さん』で第8回上方落語台本優秀賞を受賞。著書に『破裂』『無痛』『虚栄』『老乱』『院長選挙』『老父よ、帰れ』等多数。

怖い患者

怖い患者
久坂部 羊 著
2020年4月3日発売
ISBN:978-4-08-771708-2
定価:本体1600円+税

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