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Matt

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岩城けい 著
2018年10月5日発売
ISBN:978-4-08-771164-6
定価:本体1400円+税

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「人殺し! おれのじいさん、ジャップに人生台無しにされたんだ! 」。
第二次世界大戦、日本とオーストラリアの、負の歴史。
目をそむけてはならない事実に、真人──マット・A──は、自らの“アイデンティティ"と向き合う。

担当編集のテマエミソ新刊案内

人種や言語の壁を越えて、少年たちの心は通じ合うのか?『さようなら、オレンジ』の岩城けい、最新作!『Matt』  10月5日(金)発売

10月5日(金)、岩城けいさんの最新作『Matt』が刊行となりました。
──小学生でオーストラリアに移住した真人も今では17歳。Matt(マット・W)として現地校に馴染み、言語の壁も異文化での混乱も越えられるように思えた。ある転校生がくるまでは…。自らのアイデンティティを模索する青春小説──
ここでは、書評家・藤田香織さんの書評を掲載いたします。 ぜひご一読いただけますと幸いです。

【書評】 評者:藤田香織(書評家)

揺らぎ続ける「私たち」の支えとなる容赦のない物語

 二〇一五年に刊行され、翌々年第三十二回坪田譲治文学賞を受賞した岩城けいの第二作『Masato』は、父親の転勤に伴いオーストラリアに移住した十二歳の少年・安藤真人(まさと)が、自分の居場所を得るため葛藤する姿を描いた長編作だった。
 地元の公立小学校に転入したものの、日本の英会話スクールで学んだことなど役に立たず、英語が理解できないため、クラスメイトたちの輪に入れない。遊びのルールもわからない。バカにされ、笑われ、傷つきながらも言葉を覚え、自分の世界を自分の力で開拓していく真人に、励まされる思いを抱いた大人読者も少なくなかっただろう。
 やがて姉は日本の高校に合格し、異国での生活にストレスを募らせた母親も帰国する。しかし真人は、父親とふたりでオーストラリアに残ることを自分の意思で選んだ。本書『Matt』はそれから三年後の物語である。
 地元の名門校「ワトソン・カレッジ」に合格した真人は、現在十年生。得意の数学は一つ飛び級し、授業料半額免除のスカラシップ生でもあり、英語のできない留学生も多いハイスクールでは悪目立ちすることもなくなった。もう「マサァトゥ」と妙な発音で呼ばれることもない。周囲では「マット」という呼び名が、自然に定着していた。
 ところが最近になって、通学に使用している自転車を泥だらけにされるような嫌がらせが続いた。そんなある日、この学校に入学しようと決めたきっかけでもあるキャンベル先生が担当する演劇の授業で出会った転入生=マシュー・ウッドフォードに、真人は突然、一方的に激しい言葉を投げつけられる。
〈おれが正真正銘のマットなんだよ!おまえ、ジャップなんだろ!〉
 マット・Wと呼ばれることになったマシューにその後も執拗に絡まれた真人は、バーベキュー中の諍(いさか)いから鉄板で肘に大火傷を負い、挙げ句に傷口からバイ菌が入り五日間入院するほどの大事になった。マット・Wがなぜそれほどまでに自分に悪意を向けるのか。真人にはまったく身に覚えがなかったが、演劇の授業でオーストラリアの歴史や人物をモチーフにした創作劇をやることになり、話し合ううち、その理由が判明する。
〈「おまえ ……、ほんとに何も知らないんだな(中略)この恥知らず! 人殺し! おれのじいさん、ジャップに人生台無しにされたんだ!」〉。
 彼らの出身地であるダーヴィンは、第二次世界大戦で、日本軍から激しい空爆を受けた。その恨みを、憎しみを、悲しみを、呪詛を幼い頃から繰り返し聞かされ育ったマット・Wにとって、唾棄すべき「ジャップ」が自分と同じ「マット」であるなど許せなかったのだ。
 仲間たちは言う。〈すごい嫌われてたんだろ、ジャップって。でも何十年も前だろ? なら、マットに関係ないじゃん? どっちのマットだよ?  ……〉。
 その史実を図書館で調べた真人は思う。〈たのむからジャップとおれを一緒にしないでくれよ! おれがやったんじゃないぞ!〉。でも、もしかして、自分が楽しそうにしているのを見て、まわりは調子乗ってる、ジャップのくせにと思っていたのか。何も知らなかった自分が恥ずかしい。I hate Myself!
 一方で、ふたり暮らしの父親との関係もきしみ始める。「父さん」は、周囲の反対を押し切り会社を辞めて独立し、中古車の輸入販売業をしていたが、仕事はうまくいっているとは言い難く、日ごと酒の量が増えていく。間もなく義務教育期間が終わり進路を考えなければならないが、経済的にあてにできそうもない。いや、それだけではなく、父さんはいまだに恥ずかしくなるようなニホンゴ英語で話し、何かあればすぐ真人に通訳させる。クレームも各種手続きや交渉も、すべて真人任せなのだ。〈父さんに出来ることで、おれに出来ないことって、もうほとんどないんじゃねえかと思う。もう今じゃあ、おれがあの人の親みたいだ〉。
 めんどくせえ、めんどくせえ、めんどくせえ。イヤだ、イヤだ、イヤだ! 自分は何者なのか。どこから来てどこへ向かおうとしているのか。ここに居場所はあるのか、いたいのか。描かれる十六歳から十七歳となる約一年の間には、さまざまな別れがあり、悲しみがあり、憤りがあり、〈真人からマットに生れ直した〉つもりでいた気持ちは、ぐらぐらと揺れ続ける。
 その、荒れ狂い、身も心も傷つくことを厭わぬ激しさに、読者の心も揺さぶられる。〈無知は誤解を生み、誤解は憎悪を生み、憎悪は暴力を生む〉キャンベル先生の言葉が、深く胸に突き刺さる──。
 容赦のない物語だ。目を逸らすな。耳をふさぐな。逃げるな。足掻き続けろ。訴えかける物語はしかし、明日の、いつかの「私たち」の支えにきっとなるだろう。

(「青春と読書」2018年9月号転載)

著者プロフィール

岩城けいいわき・けい
大阪府生まれ。2013年に「さようなら、オレンジ」で太宰治賞を受賞しデビュー。14年、同作で大江健三郎賞を受賞。17年、『Masato』で第32回坪田譲治文学賞を受賞。そのほかの著書に『ジャパン・トリップ』がある。在豪25年。

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岩城けい 著
2018年10月5日発売
ISBN:978-4-08-771164-6
定価:本体1400円+税

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