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鏡の背面

鏡の背面

鏡の背面

篠田節子 著
2018年7月26日発売
ISBN:978-4-08-771152-3
定価:本体2000円+税

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「聖母」が死んだ。
救いを求める女たちが集うシェルターに潜んでいたのは、一匹の「羊」か、それとも──。

篠田節子×小島慶子 『鏡の背面』刊行記念対談

しんどいこともあるけれど……私たち、生まれ変わっても女がいいです。

『鏡の背面』刊行を記念して、作者・篠田節子さんと対談するのは、 タレントであり執筆活動もしている小島慶子さん。初対面ながら、 すぐに打ち解けたふたりのやりとりは、小島さんの“告白”で幕を開けた。

小島『鏡の背面』、非常におもしろく拝読致しました。今も、あの世界から抜け出せないくらい強烈な印象で。

篠田ありがとうございます。(アルコールや薬物依存、DVなど)特殊な事例ばかり出てくるので、読者がどう読んでくださるのか少し心配なのだけれど。

小島深刻さの差はあれ、共感できる人は意外と多いような気がします。かくいう私も実は、15年くらい摂食障害だったんです。母の過干渉などがあって。だから、ここに出てくる人たちのしんどさが、少しはわかる気がしました。

篠田そうでしたね。ご著書の『解縛』にも書かれていましたね。

小島とはいっても、新アグネス寮に入るほど深刻ではなかったし、我が家は貧困とは無縁でしたし、父が女性をつくって出て行ったというわけでもない。一見すると、良くできた砂糖菓子みたいな中流家庭でした。傍からは、「恵まれたお嬢ちゃんの甘え」にしか見えなかっただろうと思います。でも、私みたいな人、周りにけっこういたんですよね。これといった問題のない家庭に育ってきた、キラキラした女の子たちに多かった気がします。

篠田それって、どうしてなのかしら?

小島その中のひとりはいわゆる名家の娘だったのですが、「母は、私の事なんてどうでもいいのよ。関心があるのは、私を良家に嫁がせることと、我が家の名誉を守ることだけ」と言っていました。

篠田うーん、それはそれでつらい。

小島ただ、外からは見えづらいし、自分たちも恵まれた環境にあると自覚はしているから、声を大にして言えないんですよね。同じ病理を抱えていても、私たちのような環境にあると、「甘えだ」と言われ、新アグネス寮のような施設に入っている人だと共感してもらえる……。

篠田それはあるかもしれないわね。そういえばね、テレビのドキュメンタリーでも、医療がテーマのはずなのに、なぜか毎回、貧乏なシングルマザーが出てくる番組があったんですよ。どう見ても問題は医療ではなくそれ以前の貧困。さる懇親会で、「貧困の問題をまず解決しないと、医療テーマに進めないケースばかり」という批判が出たのですが、テレビ側の方いわく、「それは違う」と。貧困の問題を織り込まないと、視聴者の共感を得られないと。

小島それでは、世の中で最も困窮している人しかつらいと言ってはいけないことになってしまいますよね。

篠田実際は暮らし向きにかかわらず普遍的に抱えている悩みがあるわけで、それを甘えだとひとくくりにされても困りますよね。
小島さんの書かれた『ホライズン』や『幸せな結婚』には、経済的・学力的に恵まれた人たちの内面の葛藤、家族や閉ざされたコミュニティ内での軋轢が描かれているのですが、私のような庶民にとっても我が事のように身近で、息詰まるような閉塞感があって、ラストに至ってほっと一息つきました。貧困を描けば一見社会派風になるけれど、小説はそういうものではないはず。

小島『鏡の背面』のテーマは、社会的なものではないんですか?

篠田私、よく社会派と間違われるんだけど、それを狙ったわけではないのよ。登場人物のライフヒストリーや育ちといった背景を細かく描いていくと、自然に社会的な問題が浮かび上がってくる面はあるのでしょうけれど。

小島テーマは別のところにあると。

篠田今回は人間の自己意識とか、それは人工的に変えられるものなのかとか、人格って何なのかとか、人にとって善と悪とはどういうものなのかとか。テーマはそちらのほうなの。
人間は、考えていることと目の前の事実や自分の行動との間に矛盾が生じるとすごく居心地悪いし、なんとかその不協和を解消しようと思うじゃないですか。でも、考えていることは変えられても、やってしまった行為は変えられない。となると、感じ方や考え、認知のほうを変えて、そこから現在の行動や態度の改変が起きる。学生時代に専攻した社会心理学で出てきた理論ですが、それなら無理矢理ある行動をさせてしまえば、人の認知、思想、態度、記憶や行動だって変えられる、それは相当に危険な話で、そのことが、もう40年くらいずっと頭の中にあったんですね。この小説の心棒には、それがあるの。
そういえば、小島さんは心理カウンセリングを受けられたことがあるそうですが、どうでしょう、話をしているうちに、自分の記憶が再構築されていくといったことはありますか?

小島あります、あります! 自分の視点で話をしているので、それが、客観的な事実なのかどうかわからなくなってしまうんですよ。私の記憶と、母や姉の目に映ったものは違うでしょうし。記憶は曖昧ですから、辿ると脳が勝手に過去のストーリーを作り直すような気がします。実は、そう考えるようになった出来事がありまして。

篠田それはどんな?

小島家族でオーストラリアのパースに移住を決める際、現地に出向き、私が幼い時に住んでいた家を訪ねたんです。父から聞いた住所には、すでに新しい家が建っていたんですが、その近くに、見覚えのある古い家があったんですよ。それが、当時の家族写真の背景に写っている家とまったく同じで。それで私、思い込んじゃったんですね、「この家こそ私が住んでいた家だ。住所が違うのは、区画が変わったからだ」って。

篠田記憶に矛盾があっても、脳が、それをなんとか解消しようとしてしまったのね。

小島そうなんです。後に、それはまったく別の家で、私たちが住んでいた家はとうの昔に壊され、豪邸に建て替えられていたことが判明するんですけどね。だけどほんとによく似ていたんですよ、窓の位置とか形とか(笑)。記憶とは、こうも簡単に書き換わってしまうのかと恐ろしくなりました。
『鏡の背面』では、半田明美が、「私は半田明美、昭和30年生まれ」と、何度も書くシーンがありますよね。あれは、自分で自分の記憶を再インストールしているように感じました。そんな風に記憶を再構築することって、けっこうあるような気がします。

篠田そう。考えたり、思い出したりするだけでなく、人に話したり、文章化したりすると、なおさら鮮やかな記憶となって固定してしまう。たとえそれが間違った記憶であったとしてもね。私自身、エッセイなどで想い出話を書いているうちに、『あれ、この記憶って本当に正しい? もしかしたら事実と違うかも』という疑問がわいてくることがたびたびあって、「書く」ことの怖さを感じます。

篠田節子

篠田節子(しのだ・せつこ)
'90年『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。'97年『ゴサインタン―神の座―』で山本周五郎賞を、『女たちのジハード』で直木賞を、'09年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞を、'11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を、'15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞を受賞。7月26日に最新刊『鏡の背面』刊行。
─謎の女半田明美は、どのようにして小野尚子にすり替わったのか。ふたりは、生まれ育ちはもちろん容姿も年齢も異なるにも拘わらず、なぜ、周囲は明美を尚子だと信じて疑わなかったのか。小島さんは、自身の経験を引き合いに出しながら、「そういうことは起こり得る」と指摘する。

小島私は、幼稚園から大学まで続く私立校に中学から入学しました。学年の半分は小学校から進学した人たちで、いわば譜代。私のように外部入学組は外様なわけです。そこには、努力しても決して埋められない大きな溝がある。親からは、「努力をすれば必ず報われる」と言われて育ってきたので、「そんなのウソじゃないか!」って、私はちょっとぐれちゃいまして。それに、人との距離の取り方が下手だから、周りからも次第に疎まれ、中学三年間は暗黒時代。だから、高校進学を機に別人に生まれ変わろうと心に決めたんです。そのためにやったのは、中学の同級生で人気のある子たちをじと~っと観察すること。そうしたらわかったんです、その子たちには共通の要素があると言うことが。

篠田たとえばどういう?

小島受容的というか、圧がかかっていないんです。おしゃべりで自意識過剰の私とは正反対。

篠田ああ、なるほど。あちこちにすきまを作っておくのね。

小島そうなんです。その余白みたいなものが、当時の私にはまったくなかった。それで、高校に入ってから真似てみたんです。最初に試したのが、無口キャラ。それを1ヶ月くらい続けたら、「慶子ちゃんって無口だよね」って! 中学3年間しゃべりまくっていたのに、ですよ。その時思いました、「人って演技にだまされるものなんだな」と(笑)。それから1年、いろんな違う“キャラ”を次々と試して、すっかり人気者になりました。

篠田キャラが変わっていく過程ではなく、いろんなキャラを演じたことで人気がでたということ?

小島ええ。それで、「人気とは、キャラにつくものではない。人は、相手を信用すると、相手の変化を受け入れるものなのだ」と、気づきました。だから、人気者になった後は、地を出しても問題なくなったわけです。おかげで、高校の3年間はすごく楽しかった。

篠田おもしろい(笑)。

小島ですので、半田明美を周りが小野さんだと信じることもあり得るだろうなと。ただ気になるのが、榊原さんという存在。不気味ですよね。そして彼女だけは、明美の正体を見抜いていたのでは、とも思います。彼女は全盲なので、視覚で騙されるということがなかったからでしょうか。
突然ですが、以前に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というイベントに参加する機会がありまして。暗闇の中を、視覚障害者の方に先導されて進み、設置物を触ったり、ボールを投げたりといった体験をするという。

篠田興味深い。いかがでした?

小島真っ暗なんですけど、ちゃんとボールを転がしたり、受け取ったりできるんですよ。周囲の人と声を掛け合って行うんですが、それだけで、相手の人柄までなんとなくわかってしまったり。視覚がないことで、かえって感覚が鋭敏になるという経験をしたんですね。だから、榊原さんのような人が、正体を見抜いていたというのは、きっとあることだろうなと。

篠田確かにそうですね。私自身はさほど考えずに、視覚という五感のひとつが欠けている分、それを補うように他の部分が鋭敏になるんじゃないかという程度で書いていたのだけど。

小島人は、視覚情報によって印象を左右されてしまうというのは、アナウンサー時代にも実感しています。私のこの性格が災いして、「生意気だ」とか「女子アナらしくない」と、よく叩かれたんです。そんなこと言われても、性格は変えられないし、と鬱々としていたら、女性の先輩から「小島、ラジオをやりなさい」と助言されまして。最初は気が進まなかったけれど、やってみたらすごく楽しかった。しかも、リスナー受けがいいし、ディレクターからも褒めてもらえる。やっていることは、テレビと変わらないのに。

篠田顔が見えないだけで、そんなにも違ったのね。リスナーが女子アナの記号から解放されて、小島さんの話に集中して耳を傾けたということでしょうね。

小島人って、見ているようで見ていないというか、自分が見たいものを勝手に見てしまうところがあるんだなって。見た目で誤魔化せたり、反対に邪魔になったりすることもあるんでしょうね。
小説の話に戻りますが、結局小野尚子のことも半田明美のことも、周囲の人は、見ていたようで見ていなかった。よくわかっていなかったことに気づくわけです。悪女なのか善人なのか……。周囲にいた人たちは、自分たちはいったい何を見ていたのか……。小説でもそこは明示していませんよね。

篠田ミステリー的な手法の一つなんですよ。ある人物については外側からだけ描写するというか語り手の視点からのみ掘り下げていき、作家は「事実はこうなのだ」とは書かないし、犯人側の視点から「実は私はこんな風に考えて、こんな風に行動したのよ」とも書かない。そうすると、最後まで心理の謎は残ることになります。

小島確かに謎のまま残っていますよね。小説に出てくる元記者の長島に言わせれば、悪女は最後まで悪女。だけど、新アグネス寮の人たちは、半田明美は改心して、最後は他人を救うために命を投げ出したのだと思おうとしています。そう考えることで、自分たちも救われたかったんじゃないかと思うんです。「あんな悪女だって変われたのだから、自分たちだって変われるはずだ」と。やっぱり人は、物事を、自分が見たいように見るのでしょうね。私自身は、長島の気持ちも、新アグネス寮の人の気持ちもわかる気がするので、最後まで「どちらなんだろう」と揺れ動いていました。

小島慶子

小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト。放送局勤務を経て独立。各メディア出演や執筆のほか講演も。東京大学大学院情報学環客員研究員。『るるらいらい〜日豪往復出稼ぎ日記』『解縛(げばく)』『不自由な男たち』『歳を取るのも悪くない』のほか、小説『わたしの神様』『ホライズン』など著書多数。最新刊は小説『幸せな結婚』。
―小説デビュー作の『わたしの神様』に続き、昨年は『ホライズン』、この6月には『幸せな結婚』を上梓した小島さん。描かれているのは、一見恵まれた環境にいる女性たちが抱える悩みや不安、憤りや嫉妬など、心の葛藤だ。その根っこにあるのは、女性たちが家族も含めた社会の中で直面する“生きづらさ”。それは、『鏡の背面』にも通じる。

篠田小島さんの『ホライズン』も『幸せな結婚』も、外面からイメージされる人物像と、実際の内面がかなり違う人たちが登場しますよね。その人たちの関係性の中で物語が進んでいくのが、とてもおもしろかった。彼女たちの心理も非常に繊細に描かれていて、うまいなあと思いました。『幸せな結婚』の後半に出てくる女子会でのやりとりなんて、「おお、その通り!」と私、大いに共感して笑いっぱなしだった。『ホライズン』もだけど、小島さんはごまかしていないですよね。情に落としてきれいに終わらせたり、仲違いした人たちがお互いに反省してやり直しましょう、チャンチャン、みたいなのがない。安っぽい感動に落とし込まず、リアルに描いているあたり、さすがだなと思いました。

小島ありがとうございます。

篠田私ね、『ホライズン』に出てくる沖田さん好き! 読みながら、「あ~、わかる、わかる!」って(笑)。私にとっては、一番つきあいやすい相手ですね。学生時代に仲良くしていた友人が、パッと思い浮かんだくらい。

小島沖田は変人だけど、いいヤツなんです。

篠田そう、いいヤツよね。リケジョみたいな相手を妻にすればうまくいっただろうに。

小島(沖田の妻の)真知子は、沖田の良さがわからないんですよね。自分の理想とは違う人だから。

篠田そうなんですよね。(登場人物)それぞれの立場によって、理想というか、「こうあるべき」という雛形が違っていて、その枠組みから外れてしまったがために、人生がうまくいかなくなる人たちがたくさん出てくる……。

小島私が、『鏡の背面』の登場人物でちょっと不思議に思ったのが知佳。彼女が、ジャーナリストの長島が半田明美について書いた原稿を、「家父長主義的観点に基づく偏見と、明美のような女性に対する男としての憎悪と偏見が鼻につく」と評するシーンがありますよね。知佳が、なぜそんなに男性を敵視するのかなと、気になってしまいました。「知佳、若い頃にいったい何があったんだい? 男にこっぴどく振られたのかい?」って。

篠田男で苦労したわけではぜんぜんないの(笑)。知佳が、家父長主義的な観点を持つ長島に反発するのは、思想的なもの。この年代で高学歴な真面目系女子は、フェミニズムの洗礼を多かれ少なかれ受けてますから。その視点を持った人物として描いたんです。

―家父長主義。それは、長島だけでなく、「新アグネス寮」の入所者のひとり、木村絵美子が育った家庭にも根を張っていた。家庭内で絶対的な権力を持つ祖父と父は、時に妻や子ども、孫たちに手を上げ、女たちは彼らの顔色を窺いながら、細やかな気配りと甲斐甲斐しさという“男性が好む女性らしさ”を身につけていく。

篠田『鏡の背面』に登場するのは、一億総中流社会と言われる中で限界以下の生活を強いられたり、家族の問題を抱えたりしている人々。絵美子のケースでは、三世代が同居する下町の大家族で育ったのだけど、実は祖父や父の暴力が日常的に行われています。それから逃れるために、人当たりが良く、気遣いができて、相手の気持ちを鋭敏に感じて対応する術を身につけた。それが事情を知らない人にはまさに女性的な魅力に映る。
こうした事例は意外と多いような気がします。
最初に気づいたのは、大学生の時かな。国際婦人年に因んで、数校の大学で合同ゼミが行われたのです。その分科会の最中に、サッと席を立ってみんなにお茶を淹れてくる女子がいる。タイミングも絶妙でね。見事な気配りではあるし、時代も時代だからアホな男子学生の中には女子力を賞賛するのもいるけれど、彼女たちもゼミの参加者なのに議論に加わらずにお茶淹れってどうよ? そこで東大生をゲットしようというならわかるけど、そうじゃなくて、それが義務感や常識なわけ。一見、女子力高い、よく気がつく系の子って、けっこう家父長意識の強い家庭に育っているんですよね。父の機嫌を損ねないよう、求めるものを敏感に察知し、言われる前に差し出す習慣がついたのでしょうね。

小島わかります! 私の周りにも、そういう女性はいました。気が利いて、愛想がよくて、物腰も柔らかで。そうしたコミュニケーション術は、育ちの中で自然と身につけたものなんですよね。だから、呼吸するかのごとく自然に“女子ロール”をやれる。

篠田女子ロールっていうのね(笑)。

小島彼女から、「慶子ちゃんも私みたいにすれば、きっとかわいがられるよ」と言われて試しましたが、無理して演じるわけだから苦しくて、苦しくて。可愛くてお利口な女の子以外は生息できない狭くて濁った池の中で必死にもがいている感覚でしたね。でも、無理をしているので途中で苦しくなる。池から顔を出してぷはーっと息を吸わないともたない。そのうち、もう無理だ! このままじゃ死ぬ! と思い、池から飛び出しちゃいましたけど。

篠田どうですか、シャバの空気は?(笑)

小島自由でいいですね(笑)。

篠田女性に限らず、男性もそうかもしれないわね。とくにサラリーマン社会は、相手の顔色を窺って、先回りして動かないといけない。忖度なんて最たるものでしょ。

小島もはや、社会的DVですよね。でも、男性はそれに対して無自覚。そう考えると、「男はこう」とあらしめてきた社会が憎いというか。

篠田そういうことなんですよね。

小島篠田さんは、女性は生きづらいと思ったことはありますか?

篠田うーん、私は女だからといって苦労したことがないんですよ。オタクというか、あまりにも宇宙人やっていましたからね。仲間はずれにされても嫌われてもあまり苦痛じゃなかったというか、関心がなかった。むしろ、「この子たちとずっと非生産的な話をしててもしょうがない」と。今でいう典型的な発達障害。本人的には仮性遠視みたいなもので、周りも自分も見えていなくて、ずっと遠くしか見ていなかった。「自分には何か才能があるんじゃないか」と根拠のない自信があって、遠くに輝いている星しか見ていなかった。自分の興味ある世界に入り込んでいたので、女性だからつらかった、という記憶はないですね。むしろ男だったら集団的な暴力に晒されていたと思う。

小島私も、アナウンサー時代は「こんな女の着ぐるみを着るくらいなら、オヤジになったほうがいいや!」って思ってましたけど、もしまたこの時代に生まれ変わるなら女がいいなと思っています。女は生き方の選択肢が多いけれど、男は男らしさの呪縛が半端ない。“選べない苦しさ”があると思うので。女は早いうちから容姿を比較され、進学とか就職とか結婚、出産などで取捨選択を迫られて、いろんなしんどさと戦ってきているから、悩みに対する耐性があって強い(笑)。

篠田そうですね。選択肢は多いし、葛藤にも強い。私も、生まれ変わっても女がいいかな。

小島ですね(笑)。

撮影/露木聡子
ヘア&メイク/中台朱美(小島さん) 榛沢麻衣(篠田さん)

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私たちの「先生」はいったい誰だったの?
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信田さよ子氏 (臨床心理士)──女性依存者の細部にわたるリアルさはテクストとしても通用する。 「援助」の恐ろしさを抉り出す、傑作。
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「先生」と皆に慕われる施設の創立者「小野尚子」の非業の死、精神的支柱を失い、閉じられた環境でバランスを崩していく女たち……彼女たちに追いうちをかけるようにもたらされたのは衝撃の事実でした。

「先生」だと思われていた遺体はまったくの別人。老舗出版社の社長令嬢、さる皇族の后候補となったこともある優しく、高潔な「聖母」の正体とは……!

読み応え抜群のエンターテインメント作品でありながら、自分自身の闇と闘う女性たちの姿を浮かび上がらせる緻密なルポタージュのような側面も。
何といっても一言で、「おもしろい!」作品です。ぜひお手に取ってみてください。

担当MK

著者プロフィール

篠田節子しのだ・せつこ
1955年東京都生まれ。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、09年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞を受賞。著書に『夏の災厄』、『インコは戻ってきたか』、『夜のジンファンデル』『長女たち』など多数。

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