試し読み
渡辺優『地下にうごめく星』冒頭プロローグ、全文公開!
なんて悲しい世界でしょう。人生は苦しみです。願いは叶わず、努力は報われず、苦痛のときを一秒一秒やり過ごし、消耗し、老いて、衰えて、やっとたどり着く安定は死。そこになにが残るのでしょう。どんな意味があるのでしょう。なんて虚しい、不毛な命。
それでも、感謝しています。この世界に生まれたことに、感謝しています。この国の、この時代の、この場所この瞬間に生きていることに心から感謝いたします。我が命はこの一瞬に燃えるために生まれました。すべての苦痛はこの一瞬のために耐える価値があります。
たとえこの手が千切れたとしても、腕を振り上げたい。
喉から血が溢れたとしても、声を上げ続けたい。
ああ、もうすぐ始まる。なんてうれしい。すでにもう楽しい。
いったい何がこんなに楽しいのか、正直自分でもよくわからないのです。この脳は、いったいどんな判断でもって、この身を突き動かしているのだろう。この衝動は、どこからどんな目的をもって、やってくるのだろう。
でも、そんなことどうだっていいですね。ただ、喜び、それがこの世界のすべてです。苦痛とか忘れた。虚しさとは、はて? もう思い出せない。すべてが最高だということ以外、もう何もわからない。
もうすぐそこに、ステージの上に、アイドルが現れる。
──渡辺優『地下にうごめく星』より
担当編集のテマエミソ新刊案内
『地下にうごめく星』は、地方で活動する「地下アイドル」をテーマにした作品です。
アイドル小説といえば、夢を追いかけてステップアップしていくシンデレラストーリーを想像する方もいるかもしれませんが、この作品はひと味違っています。
登場人物たちはそれぞれ人生の鬱屈を抱えていて、夢だけでなく「あきらめ」をもたっぷり内包した各キャラクターの個性が、この作品の醍醐味のひとつです。
毒とユーモアのある筆致と、退屈な人生の中にちらりと差しこむ「光」を描き出す世界観。渡辺さんの著作は、いま目利きの作家や書店員さんからも注目を集めています。
担当編集としても、次にブレイクする作家はこの人、と自信を持っておススメできる書き手。本好きの方はいまのうちに要チェックです!
(編集担当AT)
著者プロフィール
- 渡辺優わたなべ・ゆう
- 1987年宮城県生まれ。大学卒業後、仕事のかたわら小説を執筆。2015年に「ラメルノエリキサ」で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2017年、『自由なサメと人間たちの夢』を刊行。