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あのころのパラオをさがして

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25年もの間、日本が統治していた島国を知っていますか?『あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々』(寺尾紗穂・著)評者/岸政彦

定価:1,700円(本体)+税 8月4日発売

1920年から終戦まで日本の統治下にあった南洋の島国、パラオ。
そこには「南洋庁」という役所が置かれ、当時、日本から移り住む人も多くいました。
寺尾紗穂さんの新刊『あのころのパラオを探して 日本統治下の南洋を生きた人々』は、著者が実際にパラオへ赴き、日本統治時代を知るお年寄りを訪ねて、当時のエピソードを収集した歴史ルポルタージュ。パラオでの証言を聞いた後に、日本に帰国した元・移民たちにも会い、当時の談話を集めました。楽園と呼ばれた島で、日本人移民と現地島民が織りなす「暮らし」はどのようなものだったのか。そして戦争の実像とは――。
文筆家でありミュージシャンでもある著者がこつこつとフィールドワークを重ねて紡ぎだした、異色の歴史ノンフィクション。
社会学者の岸政彦さんが書評を寄せてくださいました。




寺尾紗穂『あのころのパラオをさがして』書評    評者 岸政彦

 一度だけ、寺尾紗穂と会ったことがある。そこにいるのにいないような、不思議な透明感のあるひとで、こちらの言葉がすべて吸い込まれる乾いた砂のような耳を持っていると思った。それに比べて自分は、体も声も大きくなにもかもがさつで、とても恥ずかしく感じたことを覚えている。

 その少し前、寺尾紗穂という存在を知ったときに、ミュージシャンとしての寺尾紗穂と、ノンフィクション作家としての寺尾紗穂が、どうしても頭のなかで結びつかなかった。彼女のピアノと歌はとても美しく、私の記憶のなかでその儚い佇まいや所作と結びついて、音楽家としてのひとつの像を形成したが、しかしその同じひとが、原発労働者や植民地時代の南洋諸島を取材して本を書いているとは、にわかに信じ難かった。ジャンルを超えて表現をするひと、というものはたくさんいて、しかし大抵は、その表現のあいだには何か一定のまとまりや共通性があるものだが、彼女の場合はかけ離れている。そして、そのかけ離れ方が、私にとってはとても痛快だった。何でも自由に、好きなことを表現してよい。私は寺尾紗穂から、そのことを教えてもらった。

 何かに出会ったら、徹底的に付き合う。ものでも場所でもひとでも、はじめから区別しない。たとえばもし彼女が猫好きなら、路上で目があった子猫をついつい拾って、そして最後まで育てるような、そういうひとなのではないか。一度しかお会いしたことがないが、そう思う。

 寺尾は、中島敦の本をかばんのなか入れ、サイパンを訪れた前作(『南洋と私』)に引き続き、パラオを訪れる。私たち読者は、筆者とともに、照りつける白い日差しのなかを歩く。熱帯の濃い緑の葉が風にそよぐ音、派手な色をした見たこともない鳥たちが歌う声が、確かに聞こえてくる。寺尾の耳はすべての音を吸収し、目はすべての色を焼きつける。私たちは寺尾の目や耳となって、太平洋の青い海を眺める。

 私たちの表現は、たとえば音楽なら個人的で親密な領域へと縛り付けられる。あるいは、たとえば社会や政治を論じるときは、巨大で荘厳な物語に取り憑かれる。しかし本書では、私たちは、小さな虫の羽音、真昼に建物の庇の影に入ったときの、あの方向を失う感じ、市場で地元の買い物客がにぎやかにおしゃべりする声を味わいながら、同時にあの「戦争」というものがいったい何だったのか、そしてその戦争というものの上に築き上げられながら、まるでそんなものなかったかのような顔をしている私たちの社会がいったい何なのか、ということを、考えさせられることになる。寺尾は、小さなものと大きなものとを、区別しない。音楽と文学を区別しないのと、同じように。

 寺尾紗穂は、中島敦とともにパラオを歩いた。やがて近い将来、寺尾紗穂の本書とともにパラオを歩くものがいるだろう。そのようにして物語は引き継がれ、語り直されていく。そして歌もまた、歌い継がれていく。その真ん中に、寺尾紗穂が立っている。そこにいるのに、まるでいないような、そんな立ち方で。



評者プロフィール
岸政彦 きし・まさひこ
社会学者、立命館大学教授


著者プロフィール
寺尾紗穂 てらお・さほ
1981年東京都生まれ。歌手・エッセイスト。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化コース修士課程修了。バンド活動を経て、2006年に『愛し、日々』でシンガーソングライターとしてソロデビュー。音楽活動のかたわら、ノンフィクションやエッセイを執筆し、文筆家としても活躍中。
著書に『評伝 川島芳子 男装のエトランゼ』(文春新書)、『愛し、日々』(天然文庫)、『原発労働者』(講談社現代新書)、『南洋と私』(リトルモア)など。
2017年6月に第8作となるオリジナルアルバム『たよりないもののために』をリリース。


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