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僕には世界がふたつある

  • 紙の本

「何が妄想で、何が現実かわからないんだ」――精神疾患の幻覚の世界と少年の成長を描く、全米図書賞受賞作品の青春小説『僕には世界がふたつある』

ニール・シャスタマン著
金原瑞人 西田佳子訳
定価:2,200円(本体)+税 7月26日発売

【書評】ほんの少しずつのつながり

評者:宮地尚子(精神科医・一橋大学大学院教授)

 15歳の少年ケイダンが精神の異変にみまわれ、現実と空想の世界を行き来する日々を、彼の視点から描いた小説である。訳もよい。フィクションだが、著者の息子がモデルで、セシュエーの古典『分裂病の少女の手記』を思い起こさせるところもある。
 物事を深く考える少年が、現実の世界から発せられる無数の予兆を敏感に感じとる。その予兆が、マリアナ海溝の南部にある地球で一番深いポイント、チャレンジャー海淵(デイープ)に海賊船で向かっていくという空想の世界(今の若者たちが浸っているゲームの世界ともいえる)に混じりこむ。どんどん強度を増していく空想の世界に圧倒された少年は、心配した両親によって精神科病棟に入院させられてしまう。
 精神科病棟でケイダンは、同世代の何人かとほんの少しずつ心を通わせていく。ほんの少しずつというのは、それぞれが自分の世界にとり憑かれているからである。自分が見ていないと外の世界が逃げていくと恐れ、窓際に立ち続けるキャリー。自分の鼻にさわらないと自分が壊れてしまうと思う青い髪のスカイ。パターンがわかれば何もかもわかると地図に線を引き続けるハル。だが、発作を起こしたケイダンを深い海の底から引き上げ、空へとのぼる力をくれたのは、その「ほんの少しずつ」のつながりだった。
 義眼の主治医ポワロ先生やボランティアスタッフのカーライル、父や母、妹との、か細いつながりも救いになる。自分だけの世界に入っていけばいくほど、些細に見えるやり取りが意味を増す。入院は、病によっては必要なものの、そこで生活する人たちの不安や恐怖、よりどころのなさを強めてしまうこともある。それに対して精神医学ができることはまだまだ限られている。
 精神科の臨床をしていると、患者さんと一緒に潜水しているかのような気分になることがある。面接が終わると、海から上がったあとのような、けだるい、ぼんやりした感覚がしばらく続く。それとよく似た感覚を、この本を読みながら覚えた。
 (『青春と読書』8月号より)



【本書より一部抜粋】

この人たちは、本当に僕の父さんと母さんなんだろうか。父さんと母さんの仮面をつけてるだけかもしれない。仮面の下にはどんな顔が隠れているんだろう。これ以上、ふたりにはなにも話せない。


「これは」バーテンダーの声がきこえる。「アインシュタインの脳みそをホルムアルデヒドに浸けたものです。脳みそにとっていい環境なら、みなさんにとってもいい環境ですよ」


統合失調症、統合失調感情障害、双極Ⅰ型、双極II型、大鬱、心因性鬱病、強迫観念/強迫神経症、などなど。病名にはなんの意味もない。まったく同じ症状の人なんていないからだ。症状の出かたはみんなちがうし、薬への反応もちがう。予後も正確には予想しようがない。



ニール・シャスタマン Neal Shusterman
アメリカ合衆国ニューヨーク市、ブルックリン出身。映画やテレビの脚本家として活躍するかたわら小説を執筆。本書で全米図書賞児童文学部門などを受賞した。著作に『シュワはここにいた』(金原瑞人/市川由季子訳、小峰書店)のほか、子どもに向けたSFシリーズやサスペンス小説など、数多くの作品を手掛ける。現在は4人の子どもたちとカリフォルニアに在住。

『僕には世界がふたつある』(原題:Challenger Deep)受賞歴:
2015年全米図書賞児童文学部門
2015年ボストングローブ・ホーンブック賞オナー
2016年ゴールデン・カイト賞
ほか 多数ノミネート、ベスト入りを果たす。





【担当編集者より】

本書は2015年に全米図書賞の児童文学部門を受賞しましたが、大人の読者にもおすすめです。著者は、幻覚や薬の作用の体感について、自身の息子の闘病経験をもとに描写しており、少年の不穏な感覚がリアリティをもって感じられます。
また、妄想の世界と現実世界にはひそかな関連があり、いつのまにか散りばめられた細やかな伏線が回収され謎が明かされていくという、著者の腕前も実に見事。一読でも楽しめますが、2回3回と読んだ際には、また新たな発見があるでしょう。

多様な社会に生きる私たちの理解への手助けのために、10代から大人まで、多くの方に読んでいただきたい青春小説です。(K.S)


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