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刊行記念特別インタビュー

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血縁

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親しい人を思う感情にこそ、犯罪の“盲点”はある――新たな傑作ミステリーの誕生。長岡弘樹著『血縁』

定価:1,500円(本体)+税 3月24日発売


情感豊かな物語と鮮やかなどんでん返しでファンを魅了する短編ミステリーの名手、長岡弘樹さん。その最新短編集『血縁』が刊行されます。コンビニ強盗犯の不可解な行動、在宅介護の現場で起こった事件、視力を失った会社員が感じる恐怖、支配的な姉と従順な妹の複雑な関係……。誰の身にも起こりうる事件をあっと驚く物語に仕立て上げた珠玉のアイデアミステリー七編、その成り立ちについて、長岡さんにたっぷりお話をうかがいました。
聞き手・構成=朝宮運河


心理的トリックで読者の盲点をつきたい

――『血縁』はこれまで発表してきたミステリー七編を収めた作品集です。執筆時期は足かけ約八年に及んでいますが、今回あらためて読み返してのご感想は?

 さすがに自分自身の変化を感じましたね。こういうインタビューで言うべきことではないかもしれませんが、昔は下手くそだったんだなあと(笑)。個人的には最近の作ほど出来がいいように思います。僕自身の歩みでもあるので手は入れずに収録してありますが、昔の作品はちょっと読み返すのに勇気が要りました。

――特にどのあたりが変わったと感じましたか?

 文章を書くうえでの心構えみたいなものですね。分かりやすい例をあげると、以前は台詞の後に「と、彼は言った」というような文章を書いてしまっていた。でもこの文章は本来要らないんです。読めば誰でも分かることですからね。今だったら新しい情報を盛りこみながらテンポよく文を進めていけるんですけど、以前は思いつくままにくどくどと説明していました。

――一番古い収録作は二〇〇八年発表の「ラストストロー」ですね。アイデアを贅沢に盛りこんだミステリーとして楽しんだのですが。

 アイデアを大事にしたミステリーという部分は、九年前から変わっていないと思います。ごてごてした物理的なトリックではなく、切れ味鋭い心理的トリックで読者の盲点をつくような作品ですね。そこはデビュー当初から目指してきました。

――「ラストストロー」は死刑執行のボタンを押したことで、重荷を抱えて生きることになった三人の元刑務官の物語です。執行者の心の負担を軽くするために、複数人で同時にボタンを押すということは、実際にあるそうですね。

 そうなんです。この話は以前から面白いなと感じていて、そのうち小説にできたらと思っていました。日常生活において心理的な工夫や知恵が凝らされているものは大概、ミステリーのアイデアに使えます。心の負担を軽くするため、ダミーのボタンを用意しておくという話はまさにそう。ある種の生活の知恵ですよね。このアイデアをさらに膨らませて物語にしていきました。

――出発点となったアイデアをさらに別の場面に置き換えて、という手法をよく取られていますよね。

 まさに「置き換え」ということは、物語を作るときにいつも考えていますね。メインのネタをそのまま描くのではなく、命にかかわる問題や犯罪など、切実なストーリーにまで発展させてゆく。アイデアをどれだけスケールアップできるかで、作品の出来も変わってきます。


人間ドラマはさらっと描く方が効果的

――では残る六作についても収録順にうかがいます。冒頭の「文字盤」はコンビニ強盗事件を捜査する刑事・寺島が主人公。防犯カメラの映像をチェックした寺島は、犯人の行動にある違和感を覚えますね。

 これはタイトルになっている文字盤(=視線で五十音表を指し示すコミュニケーション支援器具)というアイテムから、何か書けそうだなと考えてみた作品です。犯人の不可解な行動にしてもそうですが、僕は言葉を使わないコミュニケーションを描くのが好きなんですよ。言葉で伝えられないものを扱うのが小説だ、という考えがどこかにあるのかもしれません。

――寺島と退職した元同僚の友情など、しみじみした人間ドラマも大きな魅力です。

 実を言うと人間ドラマ的な肉づけはそれほど重視していないんです。僕が描いているのはアイデアストーリーなので、アイデアが効果的に伝えられたら十分だと思っていて。むしろくどくなり過ぎないよう、余計な描写はしないように気をつけているんです。

――犯行現場を再現することで多くの事件を解決してきた寺島も、犯人の真意までは理解できなかった。そこがこの作品のテーマとなっています。

 構想した時点ではそこまで意識していなかったんですけど、書いていくうちに寺島のこの思いが着地点だなと気がつきました。予めテーマまで見えている場合と、途中で見えてくる場合があって、「文字盤」は後者のパターンでした。

――続く「苦いカクテル」は老いた父親を在宅介護する中年姉妹の物語です。長岡作品にはよく介護のシーンが出てきます。現代社会の問題を扱いやすいからでしょうか?

 特にそういうわけではなくて、純粋にアイデア先行で決まっているんです。表題作の「血縁」にしても介護ヘルパーの話ですし、なぜか介護の話はよく書いてしまいます。きっと介護という現場に、ミステリーを呼びこむ何かを感じているんでしょうね。

――お互いを思いやる一家の物語でもあります。この短編に限らず、何らかの形で家族を描いた収録作が多いですね。

 特にシリーズということは意識せず、ばらばらに発表したものなんですが、まとめてみるとラストの「黄色い風船」以外は家族の問題を扱っていて、自分でもちょっと意外でした。よく殺人事件は顔見知り同士の方が起きやすいと言いますよね。それと同じ理屈で、血縁だからこそ濃密な人間関係や事件が描ける、ということはあると思います。

――法廷シーンでの大きなどんでん返しと、爽やかなラストシーンが印象的でした。

 ありがとうございます。昔だったらここはもっと「感動させてやろう」という描き方をしていたと思います。でもそういうことをすると読者は逆に冷めるな、と段々分かってきた。感動的なシーンほどさらっと描く方が効果的なんですよ。さっきの文章の話もそうですが、省略の技術が身についてきたのかもしれません。

――交通事故によって視力を失った主人公のマンションに新しいヘルパーさんが訪ねてくる、というのが三話目「オンブタイ」。ほぼ視覚以外の情報で成り立っているという、野心作でした。

 まさに小説でしか表現できない世界が描けたので、自分でも気に入っています。映画だったらすぐにネタが割れてしまいますよね。もしこれを映像化できる監督がいたら天才だと思います。

――長岡さんにしては珍しくサスペンス色の強い、ゾッとする作品でもあります。

 たしかに異質な作品ですよね。普段はあまりこういうものを書かないんですが、書いているうちにこうなった。こんな珍しい短編も入っているので、この短編集はお買い得ですよ(笑)。ホラー映画は好きでよく観る方です。全映画ジャンルの中でホラーが一番好きなんですよ。

――それは初耳。もっとこういうテイストの作品も読んでみたいです。表題作「血縁」は複雑な姉妹関係を描いたもの。主人公の志保は支配的な姉・令子と同じ事務所でヘルパーとして働いていて、そこである事件に遭遇します。

 この作品についてはどこから生まれたのかよく分からないんです。中心になっているのは志保が巻きこまれる事件ですが、そこから発想したわけではなかったと思います。濃密な姉妹の関係を描きたいと思ったのかな。ちょっと分からないですね。

――大小の仕掛けが複合的に使われた力作ですが、普段アイデアをどのように組み合わせてゆくのでしょうか?

 まず中心に大きなアイデアがあって、それを支えるサブのアイデアを考えます。二つあれば最低限、作品にはなりますね。もちろんたくさん思いついたアイデアの中から取捨選択していくのが望ましいですが、なかなか最近はそうもいきません。

――二つ以上は必要なんですね。

 アイデアが一つしかないと起承転結の「転」がうまくかけられないんです。僕の作品はそこで驚いてもらうのが大切だと思っているので、最低でも二つは必要ですね。


アイデア重視のミステリーにこだわり続けて

――「血縁」は介護現場で起こったトラブルが扱われていました。長岡ミステリーでは、誰にでも起こりうる身近な事件が取り上げられることが多いですね。

 ええ。事件そのものは読みどころじゃないと思っているんです。事件の派手さより、その裏側にある真相でびっくりしてほしい。表から見える景色は平凡でも、裏側にはあっと驚くような眺めが隠れている、という構成で書きたいと思っています。

――「ラストストロー」を挟んで、六話目の「32‐2」は記憶を失ったある女性のために、主人公・葉苗がその日起こった出来事を辿ってゆくという物語です。

 ぱっと読んだだけでは、誰と誰が会話しているのかよく分からない。まるで幽霊と話しているような感じがあって、面白い効果が出せたかなと思います。

――資産家の母の家に姉夫婦と同居している葉苗が、義兄・敬一郎と過ごした奇妙な一日を回想してゆきます。

 メインのネタはある法律知識です。法律に詳しい方ならタイトルを見てぴんとくるかもしれません。これは昔から知識として持っていて、いつか小説にしてみたいなと思っていたもの。満を持してこの形にまとめることができました。敬一郎の行動にある意図が隠されている、というロジックは自分でもよく書けたなと思っています。

――単行本の収録順はどのように決めたのですか?

 同じテイストの作品が続かないように配慮して、バラエティを楽しんでいただける収録順にしました。ハッピーエンドあり、ちょっと嫌なテイストあり、色々なテイストの作品がありますが、やはり「ああ、よかった」という気持ちで本を閉じてもらいたい。そこでいちばん読後感のいい「黄色い風船」を最後に置くことにしました。

――「黄色い風船」は刑務官の梨本が犬の散歩中、ちょっとした異変に気づくことから意外なストーリーが展開します。「ラストストロー」と同じく刑務官の世界を描いたものですが、毎回主人公の職業はどのように決めているのですか?

 その部分はまったくの逆算です。まず中心となるアイデアが決まって、そのアイデアを効果的に見せるためにはどんな主人公、環境が必要かを考える。今回は刑務官ものが二作入っていますが、たまたまですね。この職業が気になるから扱ってみよう、という決め方をすることはまずありません。

――タイトルになっている風船が、色々なシーンで効果的に使われていますね。

 嫌なことを風船の中に閉じこめてしまう、という心理療法は実際にあるそうです。どこかで得ていたその知識を、うまく使うことができました。シンプルな話ですが、アイデアもよくまとまっているし、終わり方もすっきりしている。自分では一番気に入っている作品かもしれません。

――二〇〇三年のデビューから十四年になりますが、ご自分でここは変わっていないと感じる部分はありますか?

 あくまでアイデアのよさで勝負したい、という姿勢でしょうか。自分で納得していないアイデアでは書かないぞ、という意識は変わっていないと思います。

――料理で言うと新鮮な素材が入らないと料理しない、という感じですね。

 こんなものかなという半端なネタだと手が動かないし、そもそも書きたいと思いません。だから締め切り破りの常習犯みたいになっちゃって……編集さんたちには申し訳ないと思っています(笑)。

――収録作は書かれた時期はばらばらでも、不思議と統一感がありました。時代や流行に左右されない普遍性を感じます。

 ありがとうございます。作品の寿命を長くしたいなとは考えているんですよ。そのためには新製品でトリックを作るというやり方ではなく、なるべく古くからある知恵や工夫を応用していきたいと思っています。はやり言葉も数年経つと古びてしまうので、積極的には使わないようにしています。

――今後もアイデア重視のミステリーにこだわっていかれるのでしょうか? 他のジャンルに挑戦する予定は。

 このジャンルが好きで物書きになったので、やはりアイデアで読者を驚かせる作品で勝負していきたいと思います。アイデアがなければ一行も書けないので、ネタ集めだけは日々必死にやっています。最近はほとんど外に出ることがないので、もっぱら書籍から得る情報ですけどね。

――多彩なアイデアを堪能できる、これぞ長岡ミステリー! という作品集でした。最後に、これから『血縁』を手に取る読者へメッセージをお願いします。

 九年ほど前に書いた作品も入っていますし、僕の歩みみたいなものが分かる本になっています。進化した部分と変わらない部分の両方を楽しんでいただければ。『血縁』というタイトルのとおり、近しい血縁者の間で起こるさまざまな事件や犯罪を描いているので、共感しながら読んでいただけると思います。もちろんアイデアの部分で驚いていただけるのが、作者としては一番嬉しいです。

(「青春と読書」4月号より転載)


ながおか・ひろき
作家。1969年山形県生まれ。2003年「真夏の車輪」で小説推理新人賞を受賞。05年『陽だまりの偽り』で単行本デビューする。08年「傍聞き」で日本推理作家協会賞[短編部門]受賞。著書に『傍聞き』『教場』『波形の声』『教場2』『時が見下ろす町』等。


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