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刊行記念特別インタビュー

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テロリストの処方

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久坂部羊『テロリストの処方』刊行記念インタビュー
日本の医療の危機――迫りくるポピュリズムを予見する

定価:1,500円(本体)+税 2月3日発売

舞台は近未来の日本。うち続く医療費の高騰により、日本の医療はセレブ向けの高級医療と一般向けの標準医療に二分。患者ばかりでなく医師にも勝ち組と負け組の格差が広がり、勝ち組医師を標的としたテロが頻発していた。医事評論家の浜川は、医学部の同級生で、全日本医師機構(全医機)の新総裁となった狩野(かのう)が提唱するネオ医療構想のブレーンとなる。そんな中、やはり同級生だった塙(はなわ)がホームレスとなって、殺されるという事件が起こる――。
本格的なミステリーは初めてという久坂部さんが描く、問題が山積している日本の医療制度をテーマにしたミステリーです。小説の構想や日本の医療界が抱えている問題についてお話を伺いました。
聞き手・構成=増子信一/撮影=HAL KUZUYA


謎解きへの挑戦と、現代医療への危機感

――今回、本格的なミステリーを書こうと思われたのには、何かきっかけがあったのでしょうか。

 私の作品はミステリアスな展開をするものが多いので、一応ミステリーのジャンルに分類されていますが、きちんと伏線を張って、謎解きをするという、本格的なミステリーはこれまで書いたことがありませんでした。
『嗤(わら)う名医』(集英社文庫)の担当編集者が大のミステリーファンで、次に何を書こうかというときに、その人が喜ぶようなものにしたいなと思っていたんです。そんなとき、NHKでレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』を原作にしたドラマをやっていて、それを観たんです。 浅野忠信が主人公の私立探偵、フィリップ・マーロウ役で、舞台を日本に移しているので増沢磐二という名前になっていますが、それがとてもおもしろかった。後で原作を読んだのですが、その謎解きの過程が興味深かったので、これは使えると。
 それから、かなり前に『中央公論』で、日本の医療保険制度の崩壊を想定した近未来小説を書いたことがあり、五十枚ほどの短いものなのですが、それは「豚ニ死ヲ」というメッセージのもとに連続テロが起こるという話だったんです。それを原型として、日本の医療行政、医療政治の動きを組み合わせれば長篇のミステリーになると思い、それで書き始めたんです。

――近未来とはいえ、現代日本の医療制度の問題点がかなり明確に浮き彫りにされています。

 まだ一般の人たちにはあまり実感がないかもしれませんが、現在ある日本の皆保険制度はいつ破綻してもおかしくない状況なんです。そうした状況において、アメリカのトランプ次期大統領とかフィリピンのドゥテルテ大統領のような過激なポピュリズムを主張する人が、もし日本の医療行政にも現れたらどうなるのか。そうした危機感もありました。

――「独裁、けっこうじゃないですか。僕は民主主義はもう限界だと見てるんです。……大局的な見方ができる〝民〞なんて、ほとんどいませんよ。それなら、公平で有能なリーダーが決断するほうが、よほど効率がいい」といってのける狩野総裁は、まさしくそういう存在ですね。

 今のところ、まだ医療破綻、医療崩壊が表立った形で現れていないので、医療の勝ち組と負け組がはっきり二分されているわけではないのですが、たとえばがんの薬でオプジーボという大変高価な薬があって、それを使うと年間治療費が三千五百万とかいわれています。近く半額になるという話もありますが、まあ、いずれにしても、そういう高価な薬が出てきているわけです。
 医療界においては、簡単に開発できる薬はすでにほとんどでき上がっていて、今後できるとすれば、厖大(ぼうだい)な研究費を費やしたうえのものしかない。となると、必然的に新しい薬は高価になる。よく効くけど、高価であるがゆえにその薬の恩恵にあずかれない人が出てきてしまう。要するに、収入の格差が命の格差につながるという状況が、すぐ間近に迫っているということです。そうした不満が高まってきたときに、今度の小説に出てくる全医機のような過激なポピュリズムをぶちあげる団体が現れたとすると、一気に政治的な動きが出てくるということは充分にあり得ると思います。

――そのほか、医師免許の更新制、医療費の出来高払いと包括払いの問題など、日本の医療の重要な問題が扱われています。

 現実の医療にはたくさん矛盾があるのは事実ですが、それに対する有効な解決策はなく、専門家はみんな臭いものにふたをしている状態です。たとえば、今、医局制度が実質的に崩壊の危機にさらされている。たしかに、人事権の掌握を始めとして、教授の権力が強過ぎるとか、封建的であるとか、従来の医局制度にいろいろな弊害があったのは事実です。しかし、医局制度のおかげで地域が偏ることなく僻地(へきち)での医療も維持されていたという面もあったわけで、医局制度が機能しなくなったことで、今、僻地医療は困難な状況に陥っているし、2004年から施行された新制度によって、研修医制度もややこしくなってしまっている。
 だから、そうした医療の問題点を単にあげつらって変えればいいということでは決してないんです。変えることによって解決する部分もあるけれども、一方で新たな問題が出てくる。ただ、今の医療界にそうした問題があること自体、一般の人たちは知らない。ですから、小説という形で示すことによって、多くの人に考えていただけたらとも思っています。


医師免許の更新制は実現するか

――『嗤う名医』は「名医」をキーワードにした短篇集ですが、ひと口に「名医」といっても、患者から見るのと医療界から見るのとではその意味が違い、医療の問題は決して一面的にとらえることができないことを強調されていました。この『テロリストの処方』では、スローガン的なポピュリズムによって問題を単純化してしまうことの恐ろしさが伝わってきます。

 小説の中で、ある人物は一応正義の味方として描かれているのですが、その一方で、その人のやったことが日本の医療にとって本当にいいことなのかと疑問を呈してもいます。正義を掲げていると思っている人が、結果的に困った問題を引き起こすということが、現実にはたくさんある。
 悪質なのは、より安全にとか、病気を未然に防ぐためにといったスローガンを掲げて、自分たちの利益を誘導する勢力です。たとえば各種の予防接種や検診にしても、ほんとうに必要なのか、そこにかかっているお金と費用対効果はどうなのかということを検証できるのは専門家しかいないのですが、その専門家が金儲けを優先してしまうので、ブレーキなしの車に乗っているようなものなんですよね。
 私自身、医療界の少し外れたところにいるので、そういう動きが見えるし、ものをいえるのですけれど、医療界の中にいる人たちは、それをいうと自分たちの収入が減るからいわないという傾向にある。もちろん、医師の中にも危機感をもち、世間の人たちが医療についてどう見ているかをフェアに判断して改革していかなくてはいけないという思いをもっている人もたくさんいますし、全体としては、以前に比べると、随分よくなっているのも事実ですが。

――近未来の設定ですが、「豚ニ死ヲ」というスローガンや勝ち組医師への強烈な批判には、1960年代末の全共闘運動の匂いも感じられます。

 私自身は学生運動が終わった後に大学に入って、すでに運動は退潮していましたが、ああした熱気には興味を惹かれていました。
 ただ、先ほどもいいましたが、医療にはさまざまな側面があるので、いくら高い理想を掲げても、現実に合わないことが多い。実際、全員が満足するというのは不可能なんです。誰かが不満足であったり、誰かが犠牲にならないといけないのですが、日本には、そういう必要な犠牲を認めるという風土がない。全員がそろって喜ぶような状況が好きだから、いつまでたっても空ばかりを見ていて、足元を見ない。現場の医師、医療者はみんなそれで困っているんです。

――そうすると、そういう矛盾を個人が抱えてしまう――。

 そうですね。現場現場で抱え込んでしまって、やる気をなくしちゃったり、もうどうでもいいやとなって、スポイルされる医者がどんどん出てくる。それは日本の医療全体の損失ですね。
 この小説に出てくるような医師免許の更新制が、もしほんとうに実現したら大変なことになる。それこそ、専門性の偏った医師や昔ながらの治療をする医師などが次々と医師免許を剥奪されてしまう事態に陥りかねない。実際には、小説のような過激なものではなく、車の免許と同じように講習を受けなさいというぐらいになるかもしれませんが。

――車の免許にしても、最近、高齢者の交通事故のニュースが大きく取り上げられ、高齢者に免許の自主返納を求める動きが出ています。

 安全と自由は両立できないんですよね。自由を認めたら一定の危険はあるし、安全を優先すると自由は束縛される。多くの人は自由で安全な状況を何とか実現してほしいと思っているのですが、無条件にその二つを求めてしまうので、やはり日本は欧米のような市民社会が成熟していない、といわれても仕方ないと思う。

――払うべき犠牲を誰がどう払うか。

 そうなんです。しかし、メディアは犠牲になった人にだけ焦点を当てて、こんな状況を許していいのかと糾弾する。もちろん、少数意見を切り捨てていいというわけではありませんが、少数意見を必要以上に大きく取り上げてばかりいると、ほんとうに動かさなければいけないものが動かなくなる。医療は虚業ではなく実業ですから、極めて現実的な判断をしていかなくてはいけないんです。
 私の同級生の医者でも、ある程度の年齢になって来し方を振り返ってこれまで医者として一所懸命やってきたことと自分が得たものとのバランスを考えると、明らかにマイナスバランスなんですよね。そう気づくと、下手をすると、患者のことを置き去りにして現世利益に走りかねない。しかし、そうなってしまっては、ほんとうにもったいない。やはり、医師のモラルを維持するためには、かけた努力に対する評価みたいなものが必要なんですね。


近未来とノスタルジー

――今回は、合間合間にジャズ喫茶のシーンが挟まれていて、独特な雰囲気を醸しています。この場面にはどんな曲を流そうかと楽しみながら書かれていたのでは?

 私自身はさほどジャズに詳しいわけではないのですが、大学時代の同級生で、開業医の友だちがいるのですが、その彼が大のジャズファンなんです。家にはものすごい数のレコードがあり、部屋には防音設備が施されているというマニアなんですが、彼のジャズに関する話がとてもおもしろいので、医療以外の味付けとして、ジャズを取り入れようと思ったんです。

――久坂部さんご自身は、学生時代に大阪のジャズ喫茶に入り浸っていたというわけではないのですか。

 ええ。学生時代は、どちらかというとロックのほうでしたから。ただ、当時大阪のミナミにバンビという有名なジャズ喫茶があって、そこには小説と同じようにパラゴンのすごいスピーカーが置いてあった。そこへ二、三回行ったことはありますけど、ファンにまではなりませんでしたね。
 小説の中に、大阪の「KENJIN HALL」というジャズ喫茶が出てきますが、そのモデルになった北浜の「BUNJIN HALL」というのが実に素晴らしいジャズ空間なんです。ジャズファンのさっきの友だちに連れられて何度か行きましたが、それこそプレーヤーもアンプも1950年代のアメリカの機材を使って、オリジナル原盤という当時にプレスされた最初のレコードをかけるんです。それで、音もいいし、座席の配置もよくて、すごく心地いい。

――先ほどの全共闘の匂いといい、ジャズといい、ノスタルジックなものと近未来的なものが絶妙に入り混じって、独特なテイストが伝わってきます。

 そういっていただけると、嬉しいですね。

――執筆を終えられたばかりで少し気が早いのですが、この続編を考えておられますか。

 今のところ、まだ何も考えていませんが、トランプが大統領になることで、今後、現実の世界がどう動いていくのかは興味がありますね。
 それに最初にいったように、今回はチャンドラーの『ロング・グッドバイ』にインスパイアされたわけですが、また何かいいミステリーを読んだら、きっと創作意欲が刺激されるでしょうから、そういう作品と出合えば、続編も書けるかもしれませんね。

 (「青春と読書」2017年2月号より)


久坂部羊さん 久坂部羊(くさかべ・よう)
1955年大阪府生まれ。医師、作家。大阪大学医学部卒業。20代で文芸同人誌「VIKING」に参加。外務省の医務官として9年間海外で勤務した後、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事。2003年『廃用身』で小説家デビュー。以後、現代の医療に問題提起する刺激的な作品を次々に発表。14年『悪医』で第三回日本医療小説大賞を受賞。他の著書に『嗤う名医』『破裂』『無痛』『神の手』『第五番』『芥川症』『虚栄』『反社会品』『老乱』などの小説、『医療幻想――「思い込み」が患者を殺す』『人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期』などの新書、エッセイ『ブラック・ジャックは遠かった 阪大医学生ふらふら青春記』などがある。





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