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刊行記念特別インタビュー

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我ら荒野の七重奏(セプテット)

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加納朋子『我ら荒野の七重奏(セプテット)』刊行記念インタビュー
親も子も、道なき道を歩んで行く

定価:1,500円(本体)+税 11月4日発売


ワーキングマザー陽子の一人息子・陽介は、トランペットに憧れ、中学で吹奏楽部に入部する。部活と勉強に明け暮れる陽介の青春の日々。一方、陽子を待っていたのは、〈部活保護者会〉での戦いの日々だった――。
加納朋子さんの新刊『我ら荒野の七重奏』は、中学生の部活動を、舞台裏で黒(くろ)子(こ)となって支える親たちにスポットを当てて描いた、かつてない部活小説です。小学校のPTA問題をテーマにした『七人の敵がいる』の続編にあたる本作。〝ミセス・ブルドーザー〞こと猪突猛進型の陽子はさらにパワーアップし、様々な親たちと衝突を繰り返しながら、愛する息子のために奮闘します。笑いと涙の傑作エンタテインメントの刊行に当たり、加納さんにお話を伺いました。
聞き手・構成=砂田明子/撮影=露木聡子


爽やかではない、ドロドロとした親たちの部活小説

――本作は、陽子の息子・陽介が、中学で吹奏楽部に入りたいと言い出すところから幕を開けます。この小説は単独でも楽しめますが、『七人の敵がいる』(集英社文庫)の続編でもありますね。前作で小学校のPTAをテーマにした加納さんが、今回、中学校の部活をテーマにしたきっかけを教えてください。

『七人の敵がいる』で書いたキャラクターたち――陽子と、その他の愉快な仲間たちへの愛着が深くて、彼女たちを使って、また何かお話を作れないかなと考えていたんです。かなり困った人たちなんだけど、書いていてとても楽しかったので。そんな時に、姉から、娘の吹奏楽部の役員になって大変だという話をさんざん聞かされたんです。戦慄するような話もあって、これは書かねばと。
 もともと私は爽やかな部活ものが好きなんです。でも、考えてみたら、部活を支えている親側の話ってほとんど出てこないですよね。吹奏楽に限らず、野球でもサッカーでも、今の部活は親の尽力なしに成り立たない部分が多いという話を聞いたので、今回、親たちの奮闘にスポットを当てました。結果、部活ものではありますがあまり爽やかではなく、むしろドロドロとした、軽いホラーになってしまいましたが(笑)

――演奏会場まで子供たちを引率したり、楽器を運んだりと、親御さんが果たす役割の大きさには驚きました。

 子供に好きなことをさせてあげたい、子供に輝いてほしいというのは、親の純粋な願いだと思うのですが、その願いを叶えるためには、親自身にも苦労がつきものなんです。こんな落し穴があったのか! という感じですよね。私自身も子供を持って身に沁みました。
 また吹奏楽部というのは、毎日休みなしで練習があったり、体を鍛えなければならなかったりと、もちろん子供も大変です。その分、支える親も大変。学校の楽器を使うにしろ、消耗品やメンテナンス代などで相当のお金はかかりますし、定期演奏会の受付からパンフ作成まで、運営はすべて親の仕事だったりする。そもそも楽器というのは、昔はお金持ちの道楽だったわけです。それを今、公立の中学や高校に通う子供たちでも学び、楽しめるのは素晴らしいことですが、その陰には、親たちの血の滲(にじ)むような努力があるんですね。

――トランペットを希望していた陽介ですが、顧問の先生からファゴットを勧められます。陽子は先生と一悶着起こし、ここから陽子と吹奏楽部の付き合いが始まりますね。

 トランペットのような花形楽器に人気が集中するのは当然ですが、皆が希望のパートに付いたらオーケストラは成り立たないですよね。先生からやんわりと別パートを勧められるのは、〝吹奏楽あるある〞だと聞きました。ファゴットは地味でマイナーで、手入れに時間もお金もかかる。と同時に見た目は美しく、色んな音と音をつなぐ深みのある楽器でもあるんです。陽介の性格にぴったりだと考え、選びました。


コンクール派vs.楽しければいい派

――子供たちの部活動を支えるのが親たちの〈保護者会〉。ここでは、働く主婦と専業主婦の間に溝があります。

 働いている親は、どうしてもできることが限られるんです。例えば保護者会の仕事は、日中に動かないといけないものも多いので、会社員には難しい部分がある。とはいえ、常に専業主婦の方がやらざるを得ないと、彼女たちが不公平に思うのは当然です。

――専業主婦と兼業主婦という立場の違いのほかに、部活に対する考え方の違いによる溝も大きいと感じました。

 そうなんです。親には「何が何でもコンクールで金賞をとりたい」派と、「たかが部活なんだから楽しければいい」派がいる。どちらもある意味真っ当な考え方で、だからこそ、歩み寄るのが困難なのです。コンクールで賞をとる成功体験は子供にとってかけがえのないものですが、そのためには、放課後練習のために会場を押さえ、送迎をし、お弁当を届けと、どんどん親の仕事が増えていくわけです。それに付き合いきれないと考える親の気持ちもよくわかります。やりたくても、仕事や病気、介護などでできない方もいらっしゃいますし。

――子供のためと思ってやっていることが、いつしか自分のためになっている親御さんもいらっしゃいますね。

 はい。子供と自分を同一視してしまう方が、特に女性に多いような気がします。自分が叶えられなかった夢、自分が輝けなかった過去を子供で塗り直したい、無意識のうちにそう考えている親御さんは少なくないように感じます。それでうまくいく場合もありますが、子供にとって余計なプレッシャーを与える場合もありますよね。子供は親を変えてしまうと、しみじみ思います。

――保護者会の仕事の中には、会場をとるために二日前から徹夜で並ぶなど、えっ、この時代に? と思うようなものもありました。

 強烈ですよね。あれは実際に経験した人から聞きました。地域差はありますが、子育ての界隈にはなぜかアナログな方式がまかり通っているんです。

――それを陽子が変えようと奮闘しますが。

 ぶち壊すというか(笑)。ただ、陽子は〝ブルドーザー〞なので、周囲に大きな衝撃を与えてしまう。思い切って従来のやり方を変えることで、親たちの労力は格段に減ったとしても、これまで時間と手間暇をかけて頑張ってきた人にしてみれば、割り切れない思いが残りますよね。私の姉は専業主婦でそちら側なので、よく泣いたり怒ったりしていました。

――本作にも専業主婦の東(あずま)京子さんが出てきます。

 保護者会の役員をしている東さんは専業主婦で、頼まれたら嫌と言えない人。その上、正義感が強い。だから、他の人がやりたがらない仕事を引き受けて、でも決して手を抜かず、真面目に取り組む、損な性格です。部活動に限らず、こういう人に支えられている部分って社会の中で大きいと思います。尊敬すべき人ですよね。陽子も東さんと出会って、色々と自分を顧みるところがあったわけです。
 ただ難しいのは、学校のPTA活動も同じですが、部活のサポートはボランティアであることです。報酬が得られる仕事だったら大変でも納得できるでしょうが、対価は「子供の笑顔」だけのボランティアである以上、できる範囲でやりたいし、労力をかけないに越したことはない。また、ボランティアだから、社会的には軽んじられがちです。本書にもエピソードとして書きましたが、旦那さんから理解されず、家事の手を抜いていると言われてしまったり。男はつらいよじゃないけれど、お母さんもつらいよ、です。

――それでも、誰かがボランティアでやらなければいけないものなのでしょうか。

 例えば地域の子供会は、誰かが役員をやらなければ消滅してしまう。そうするとお祭りなど、子供にとっての楽しみが一つ、失われるわけです。同様に部活動も、もちろん学校や何部かによって状況は違いますが、親の誰かが大変な役回りを引き受けなければ成り立たない側面というのは現実にあると思います。だから大事なのは、色んな立場の方がいることへの想像力と、相手への配慮だと思うんですね。また「うちの子だけがよければいい」という考え方も問題です。

――この本には様々な立場の母親、また、保護者会に参加する祖父も登場します。

 子供の部活動を支える保護者には専業主婦もいれば兼業主婦もいます。シングルマザーもいれば、祖父母が出てくる家庭だってあります。人にはその人なりの考え方や事情があるんだということに、十分でなくても意識が及ぶようになれば、物事は円滑に進むようになると思うんです。子供をめぐる親たちの社会って複雑怪奇で、書き切れたとは到底思えないけれど、この作品が多様な立場を想像する一助になったとしたら嬉しいですね。
 ただ一点、今回、男親の出番がほとんどなかったのは残念でした。吹奏楽部でいえば、車を出したり大きな楽器を運んだりと、実際にはお父さんの力は大きいようですし、『七人の敵がいる』を出した後、「男親も頑張っているんですよ!」という声をたくさんいただいたんです。私が女性なので、どうしても母親目線の話になりがちなんですね。お父さんの奮闘は、ぜひ男性作家さんに書いていただきたいと思います。


子供は親の価値観を変えていく存在

――編集者としてバリバリ働く勝ち気な陽子が、息子の成長とともに変化していく点も、この本の読みどころだと思います。陽子が初登場するのは『レインレイン・ボウ』(集英社文庫)ですね。

『レインレイン・ボウ』は七編から成る連作短編集で、七人七色の女性を書いたわけですが、陽子は最も苦手なタイプでした。私はどちらかというと、意見をはっきり主張できない、弱い人間だったんです。対する陽子は言いたいことを言わずにはいられない、正論をズバズバ言う性格。まさか陽子を主人公にしてその後二作も書くとは思いませんでした。
 苦手というのは、裏を返せば憧れでもあるんでしょうね。間違っている人に対して、あなた間違っているわよと面と向かって言える人って、そんなにはいないと思うんですが、それは生き方としてすがすがしい。敵に回すと恐ろしいけど、味方にいたら心強いタイプ。陽子に近づきたいという気持ちが私にもあったんだろうと思います。思いがけず長い付き合いになり、私も子育てで少しは強くなり、今は苦手ではなくなりました。強くなるのも良し悪しではありますが(笑)。

――陽子も成長しているんですね。

〈保護者会〉の女帝とやり合うなど、本質は変わらないものの、失敗や失言を経て、彼女なりに成長というか、学習をしていますね。何より、自分が思いのままに突っ走ると陽介が辛(つら)い思いをするかもしれないというのが、彼女にとってのブレーキになっているんです。

――〈この年齢になって、未知の自分に出会うとは、夢にも思っていなかった〉という一文、印象的でした。

 やはり子供は親の価値観を変えていく存在だと思います。子供によって人は成長するとは言えないけれど、興味や知識の幅は確実に広がるんじゃないでしょうか。陽子は陽介が吹奏楽部に入ったからこそ、音楽を聞いて初めて感動の涙を流したし、私は子供の影響でポケモンをいっぱい覚えたので、今はポケモンGOを楽しめています(笑)。ママ友というとダークな面ばかりが強調されがちですが、子供がいなかったら出会えなかった人と出会えることもまた真実なんですね。そうやって人生が豊かになっていくのは幸せなことだと思います。

――『七人の敵がいる』を出された直後、加納さんは急性白血病と告知されて入院、闘病生活を送られます。そのご経験は『無菌病棟より愛をこめて』(文春文庫)に詳しいですが、病気を経て、続編となる本作を書き終えたことについては、どのように感じていらっしゃいますか。

 とにかくパワフルで元気が陽子の身上なので、この作品を書いている間は私も病気を忘れて、陽子に力をもらって元気でいられたらいいなと思っていました。読者の方にもそうやって読んでいただけたら嬉しいですね。

――ラストで陽介たちが演奏する曲が、タイトルになっている『荒野の七重奏』です。〝荒野〞にどんな思いを込められましたか。

 部活のサポートにしてもPTAにしても、西部劇のガンマンの決闘じゃないけれど、いつ抜くか抜かれるか、油断するとやられるぞといった〝荒野〞の側面があると思うんです。それから陽介たちが今後歩んでいく道もまた、決して整った道ではない。むしろ君たちが道を作っていくんだよというメッセージを、僭越ながら込めました。そして平坦ではない道なき道を行くのは子供のみならず、生きている限り、みな同じなのだろうと思っています。

(「青春と読書」2016年11月号より転載)


加納朋子さん加納朋子(かのう・ともこ)
作家。1966年、福岡県北九州市生まれ。92年、「ななつのこ」で第3回鮎川哲也賞受賞。95年、短編「ガラスの麒麟」で第48回日本推理作家協会賞受賞。2006年『てるてるあした』、12年『七人の敵がいる』が連続ドラマ化。14年『ささらさや』映画化。12年に刊行された闘病記『無菌病棟より愛をこめて』も話題に。その他『月曜日の水玉模様』『レインレイン・ボウ』等著書多数。


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