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担当編集のテマエミソ新刊案内

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狭小邸宅

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『狭小邸宅』著者:新庄耕

定価:1,200円(本体)+税 2月5日発売

新庄耕×常見陽平

 社畜と企業戦士の間

「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞を受賞した新庄耕さんと、作家であり人材コンサルタントの常見陽平さん。常見さんが「狭小邸宅」を読んで下さったことをきっかけに、初の顔合わせが実現しました。お二人はリクルート出身という共通点もあり、リクルート勤務時代の話や、小説「狭小邸宅」における“社畜か企業戦士か”という問題について語っていただきました。


営業の手法

常見 僕たち、実はお互いリクルートの出身なんですよね。僕は97年入社ですが、新庄さんは?

新庄 僕は08年入社です。

常見 『狭小邸宅』を手に取ったときはまだ、新庄さんの経歴は存じ上げませんでした。でも、読んでいる最中で「ん? もしかしてこの著者はリクルート出身なのではないか」と思ったんですよ。

新庄 本当ですか(笑)。

常見 ええ。営業の真髄を理解できている人でなければここまで丁寧に描けないだろう、という印象がまずありました。読み進むうちに、リクルート流の営業を彷彿とさせる描写も出てきて、勝手に確信を強めたんです。ところで新庄さんはリクルートではどの部署にいらっしゃいましたか。

新庄 「リクナビ」です。人材部門で新卒採用向けの広告営業をしていたんです。

常見 となると、今回の小説でお書きになった住宅営業のご経験は、リクルート時代にはないんですね。

新庄 ありません。リクルートを辞めた後も、営業をしたことはありましたが、住宅営業はリクルートでも経験していないし、その後もないんですよ。今回の作品を執筆するにあたっては、身近に住宅営業をしている友人がいたので、取材はしています。

常見 なるほど。営業職を何年かされたことがある経験は、執筆には役立ったでしょう。

新庄 そうですね。役立ってないとは言えないですね。「売る営業マン」と「売れない営業マン」の間にどんな差があるのか、といったことは何となく観察できましたから。優秀な人ほど、売りたくないものをちゃんと売るんですよね。

常見 ご自身はどうでしたか?

新庄 自分が営業に向いていると思ったことはないです。売りたいものしか売ろうとしない、ダメな営業マンでしたから。

常見 日本のドラマも小説も漫画も、営業職をうまく描き切れていないということについて、僕は常々怒っていたんですよ。しかし『狭小邸宅』はその僕の不満を見事に払しょくしてくれた。営業のことを、ここまで正面から描いた小説は今までなかったと思います。

新庄 光栄です。

常見 僕はサラリーマン漫画も大好きで、特に『島耕作』シリーズは全巻持っているオタクなんです。もちろん『島耕作』は傑作ですが、サラリーマン全員が島耕作になれるわけじゃないでしょう。もっと等身大のサラリーマンの姿だったり、営業職の現実だったりってあると思うんですよ。そこを新庄さんは書いてくださった。ただただぺこぺこ頭を下げている営業マンじゃない。ごり押しでものを買わせようとする悪徳な営業マンでもない。悩みながら丁寧にロジカルに物を売っている、まともな営業職の人物を描いているんだと思うんです。新庄さんは、なぜこのテーマで小説を書こうと思われたのですか?

新庄 主人公は一般消費者に住宅を売る営業マンです。住宅というのは、一生で一番大きな買い物だと思うんです。普通、何十年とローンを組んでようやく手に入るものなので、そうそう簡単には売れません。ずっと売れない時期が続く営業マンって本当につらいものです。売りたいけど売れない営業マン、買いたいけど買えない消費者。これを題材にすれば面白い作品になるはずだ、と思っていました。

常見 この小説が面白いのは、B to B(Business to Business/企業間取引)ではなくB to C(Buisiness to Customer/企業対一般消費者の取引)の営業を主題にしているという点も挙げられると思います。B to Bの営業に比べて、B to Cの営業は本当にシビアですからね。

新庄 そうですね。企業対企業の営業の場合、買う側はたとえ失敗しても個人の財布が痛むことは直接的にはないですが、一般消費者として物を買う場合はそうはいかない。妥協のない真剣勝負です。

常見 だから営業の手法も違ってきます。B to B ではロジカルに冷静に攻めたほうがいい場合も多いですが、B to Cの場合、とたんにロジックが通じなくなる。ドラマチックな演出も時として必要になりますね。

新庄 消費者は感情で買うことが少なくないですからね。

常見 そう。住宅を購入するときなんて、まさにそうなんですよね。この作品ではそこを見事に描いている。消費者の気持ちを盛り上げて、買う方向へ持っていく。小説の中にこんなセリフがありますね。
「不動産の営業はな、臨場感が全てだ。一世一代の買い物が素面で買えるかっ、臨場感を演出できない奴は絶対に売れない。客の気分を盛り上げてぶっ殺せっ。いいな、臨場感だ、テンションだっ、臨場感を演出しろっ」。
僕も10年近く前にマンションを購入したんですよ。その時のことを思い出して、胸に刺さりましたね(笑)。

新庄 常見さんがご自宅を購入されたときのドラマ、ぜひ伺いたいですね。

常見 幸か不幸か、この小説の主人公ほどデキる営業の方にはお目にかかりませんでした。ダメな営業のことはよく覚えてるなあ。あるとき、錦糸町のマンションを紹介されました。確かに物件はなかなかいいんですが、目の前にラブホテルがある。でもその営業マンはその事実から目をそらし、近所の公園を指して「ここは公園も近いですし」と主張するんですよ。いやいや、ラブホテルのほうが公園より近いだろう、と。さすがにその物件を買おうという気にはなれなかったですね。

新庄 ありがちですね(笑)。住宅の営業はとにかく難しいんだと思います。営業マンも、お客さんをうまく手のひらで転がしているつもりが、逆にお客さんの手のひらで踊らされていたり。一筋縄ではいかない部分が多いように思うんです。

常見 この小説の主人公は、決してホラを吹いて物件を売りさばいているわけではありません。いろいろな事実を前向きに伝えながら住宅を売っています。見え方は多少怖いかもしれないけれど、これはまっとうな営業マンの姿だと僕は読んでいて思った。決して「詐欺だ」なんて責めることはできない。彼のやっていることは、買い手の抱えている問題を明らかにしていき、その問題をロジカルに解決していって、購入への道筋をつけてあげるという仕事。購入者の背中を押してあげる役目を果たしています。いわゆるソリューション営業です。小説の中では非常に丁寧に、その手順を書いていらっしゃいますね。

新庄 僕がリクルート出身者だと常見さんが感じた点はどこだったんですか?

常見 ソリューション営業の描写が緻密だった点と、あとは、「期待値調整」の考え方が、主人公の勤める会社の営業方針の中にあるように感じられた点です。
 「期待値調整」というのはもともとリクルート用語。「期待値」とは顧客がサービスに抱く期待のレベルのことです。「あのお店、めちゃくちゃ美味しいらしい」という口コミを信頼して、ふだんはランチに千円しかかけない人が、わざわざ三千円払ってそのお店に行くとします。でも、食べてみたら思ったほど美味しくなかった。すごくがっかりしちゃいますよね。これ、期待値の調整がうまくいかなかったからなんです。逆に、「このエリアでは二千円でも美味しいランチを食べるのって難しいんですよ」と事前に聞かされていた場合、同じものを食べても「美味しかった」と満足できる可能性がある。要するに、買い手の期待のレベルを上手にコントロールして、買い物に満足させよう、というのが「期待値調整」の考え方なんです。この小説のなかでは、たとえば「この地域で一軒家を買うということが、いかに難しいことか」ということを、営業マンはあの手この手でお客さんに伝えますね。これがまさに、「期待値調整」の発想だと僕は思ったんです。

「社畜」か「企業戦士」か

常見 以前、『狭小邸宅』について書評を書かせていただきました。そのとき、タイトルを「『狭小邸宅』が描く社畜と企業戦士、ブラックとホワイト、冷静と情熱、希望と絶望」とさせてもらったんですよ。この作品を読んで社畜を描いた小説だ、と感じる人もいると思う。新庄さんは、ブラック企業や社畜に関する問題を取り上げたいという意識はもともとあったんですか?

新庄 いえ、そんなに意識してはいませんでした。ただ、自分が書いている内容は、あまりこういう現実を知らない人にとっては少々過激に映るかもしれないな、とは感じていました。この作品で社会問題を真正面から取り上げたいとか、批判したいという考えは僕にはなかったので、バランス感覚を大切にしながら書いていかなければ、とその点だけは気をつけて書いていましたね。

常見 新庄さんは主人公の置かれている立場をネガティブにとらえているのではなく、ただただ、淡々と描かれていますね。

新庄 おっしゃる通りです。

常見 僕自身は、正直に言って、この小説に出てくる会社はブラック企業ではないと思っているんですよ。過重労働や不当解雇で人を食いつぶす会社はブラック企業だと思いますが、ここで描かれているのは、単なる「ノルマが厳しい会社」。主人公の労働も、ぎりぎり認められる範囲かなと僕は思うんですよね。ただこの点をどう捉えるかというのは、ひとりひとり違うと思います。

新庄 働き方の是非というのは、当事者にしかわからないことだと思います。僕のリクルート時代の同期にも、朝の6時前には出社して終電、時には終電過ぎまで仕事をするやつがいました。でも本人は平気だという。なぜなら、彼には目標があってやりたいことがあるからなんです。一方で、基本的に仕事に後ろ向きで決められた最低限の仕事が終われば帰宅するような人もいた。そういう人に限って「つらい、つらい」と言う。サラリーマンとして精神的に楽で充実していたのは、始発から終電まで働いている同期のほう。仕事量の差でいえば、圧倒的に彼に負担がかかっているにも関わらず、です。ですから、働き方や、「社畜」なのか「企業戦士」なのか、ということについての捉え方というのは、個々人がどんな風に生きていきたいのかによっても違うと思うんです。

常見 その通りだと思います。「社畜」という言葉に対して「ノマド」というキーワードが現在もてはやされているように、働き方については、いま、誰もが答えを欲しがっています。これまでは“自由”と“安定”を論じようとすれば、社会学者、高原基彰氏の言葉を借りるなら「会社からの自由」か「会社による安定」か、という二元論でした。僕は最近、それだけではない、と考えるようになりました。自由で安定している、という立場もあるはずだという見方を僕はしたいんです。もちろん、会社の中での自由というものを考えてもいい。僕なりの答えは、「サラリーマン生活の中で、ちゃんと人間としての尊厳を保ちつつ、楽しもう」というもの。会社を利用して好きなことをやっている人が、現代社会ではおそらく最高に幸せなんです。ちょっといい会社なら、頑張れば給料も一千万円くらいは貰える。会社員という立場でいる限り、お金に困ることはないし、リスクもない。会社の中で懸命に働くことにも、それなりにメリットはあるわけです。

新庄 価値観は人それぞれだし、一人ひとりに課題があるはずなんですよね。僕がこのテーマを小説という形で書きたかった理由のひとつには、あえて答えを出さないでおくことが小説では魅力になりうる部分があるからです。実用書であれば、読者は答えを求めて本を読みますから、それを用意しなければならない。僕はそうはしたくなかった。答えも感じ方も、ひとりひとり違うからです。

常見 まさにその通りですね。実用書やビジネス書は、答えを示さなくてはいけない。それに、事実しか書けないという限界がある。事実の中でも、書ける範囲の事実に限られてくる。企業批判をやるにも、客観的な事実があるものじゃないと当然書けません。ちゃんと裏を取っていても、良心の呵責によって書くべきじゃないのではないかと葛藤することもあります。さらにいえば、事実をつきつけたところで、読者にはそれほど響かないという空しさもある。小説には、フィクションだからこそ書ける説得力とリアリティ、感動があるのだなと『狭小邸宅』を読んで実感しました。いろいろな解釈を読者に自由にさせながら、考えさせるということに意義があるんですよね。

「ライフワーク」と「ライスワーク」

常見 新庄さんはリクルートを辞められてから、どんな仕事をされてきたんですか?

新庄 契約社員もしましたし、友人の経営するとベンチャー企業を手伝ったりもしましたね。そのほかにもアルバイトをいろいろ。金に苦しくなって平和島の集配センターで働いたりとか、webサイトの制作をしたりとか何でもしました。

常見 すごいなあ。

新庄 いや、すごくはないですよ、全然。リクルートを1年半で辞めてからは、組織に属していない人と出会うことが多くなって、あまりにも普通でない人ばっかりなので圧倒されたりしていました。なんというか、正解が分からなくなるというか。世界が歪むというか(笑)。

常見 わかる、わかる。自分はなんて無難なんだろうと思いますよね。一歩出てみれば、世の中にはすごい人がごろごろいる(笑)。ところで、組織を出ようと思われた理由はなんだったのですか。

新庄 僕は組織にいてもいつかは小説を書こうと思っていたので、サラリーマンとしてそれほど熱心になれなかったんです。それを見抜いた上司がいて、「本気じゃないなら辞めたほうがお前のため」って暗に言われたんですよね。きっかけはいくつかありますが、それがひとつのきっかけですね。

常見 それで辞めたんですか?

新庄 はい。

常見 みうらじゅんさんの「アイデン&ティティ」に引用されていたボブ・ディランの歌詞を思い出すなあ。「君の立場になれば君が正しい、僕の立場になれば僕が正しい」。その上司の立場では、上司の言っていることは確かに正しいんですよね。そして新庄さんの立場では、新庄さんが正しい。

新庄 上司にそういう風に言われた社員は僕以外にも何人かいて、それでも会社に勤め続けている人たちはいます。僕はそれはそれで正しいと思う。ただ、僕にはできなかったんです。その上司は今でもこっそり僕のこと気にかけてくださっているらしいです。だから、ずっと僕は負けっぱなし(笑)。

常見 リクルート退社後は、どういう視点で仕事を選んでいたんですか?

新庄 仕事は選んでいません。なんでもやりました。小説を書くことが第一義だったので。

常見 新庄さんにとって、書くことがライフワーク(生涯の目標としての仕事)で、日々の労働はライスワーク(食べるための仕事)、ということですね。

新庄 そうです。なるべく効率よく稼げる仕事を選ぼうと思ったりはしましたが、実際はそんなに選べないですよ。どこも簡単には雇ってくれませんから。かと言って自分で仕事をするのも簡単ではない。ですから仕事については割り切って考えていました。作品だけは絶対に妥協しないようにしよう。そのかわり、他はなんでも我慢しよう、と。リクルートを退社した後も、いろいろな職場を経験してみましたが、結局、僕は組織に違和感を感じてしまうタイプなんだとわかりました。

常見 というと?

新庄 たとえば、職場でお昼ご飯を食べるとしますね。その時の話題が、「どの冷蔵庫買おうか迷っている」という話だったりする。

常見 つまらないですよね。

新庄 はい。でも話しかけてくるのは会社の方なので、きちんと対応しなきゃいけません。「そうですねえ、大きいのがいいんじゃないですかね」とか(笑)。それが僕にはとても苦痛だったりするんです。

常見 会社員としての生活が充実するかしないかは、上司で決まるというのもひとつの本質ですよね。いい上司に巡り合えば、環境は全然変わってくる。僕にも、二度と会いたくない上司は何人もいます。逆に、かつての上司で今も仲良く、毎年必ず一緒に矢沢永吉のライブに行く、という関係の人もいます。『狭小邸宅』のなかでも、主人公は新しい配属先で出会った課長に影響されて、仕事の仕方が変わり、成長していきますね。

新庄 そうですね。小説の中の上司は、僕が出会ってきた現実の上司とは似てないんですが(笑)。常見さんは、かつてどんなサラリーマンだったんですか?

常見 営業は苦手でした。初歩レベルで躓いていたと思います。お客さんの話の聞き方ひとつとっても下手でした。顧客の課題を掴んで解決しつつ、売りたいものの商品価値を最大化して売り上げを上げていく、というのが営業の仕事でしょう。僕はそもそも、なぜそれを売らないといけないのかというところの気持ちの整理からしてできていなかった。しかし営業マンたるもの、「今月はなにがなんでも一千万円売れ」といわれれば売らなくてはいけない。売らないと存在価値がない。僕は、「売れ」と言われることがまず嫌だったし、なにがなんでも売るということができませんでした。だから、僕は営業マンとしては決して優秀じゃなかったです。でも、そのおかげで物書きとしていまこうして仕事ができているんだとも思うんですよ。
 僕は、リクルートに勤めて1年目の時、「絶対にやめてやる!」と思って営業中に転職情報誌を買ったんです。リクルートの世話にはなりたくないから、「ビーイング」(現在休刊)じゃなく「デューダ」をわざわざ買ってね(笑)。電車の中でそれを開いてみたら、そのときの自分にできる仕事なんてひとつもなかった。「嫌いな営業職しか、今の俺にできることなんてないんだ」とその時はっと気づいたんです。「働かなくちゃいけないんだな」って。

新庄 わかる気がします。なんだかんだいって、今いる会社が意外に一番良かったりするんですよね。

常見 会社を辞めた後ってね、ああ、会社に所属していたことって幸せだったんだなと思う瞬間ってありますよ。職場にいればライバルはたくさんいるし、優秀な後輩が毎年自動的に入ってくるし、愚痴の言える上司もいたりするわけですからね。だから「ノマド」や「独立」を無責任に薦める気には、僕にはなれないんです。

新庄 ところで今回の僕の小説は、どうも、ふだん文学作品を読まないかたが読んでくださっているらしいんです。

常見 面白い現象です。新庄さんは、新しい市場を作り出しましたね。この小説の主人公は、果たして社畜なのか、企業戦士なのか。働き方についての議論は、アンテナの立て方次第で変わるものだと僕は思っています。ライスワークとしての仕事に懸命に打ち込む中で、自分にとってのライフワークが見えてくることもあります。この小説は多くの人が働き方について考えるきっかけになるでしょう。新庄さんは現代的な営業マンの姿を緻密かつ淡々と描くことで、新しいジャンルを創造し始めているのかもしれませんね。

新庄耕(しんじょう・こう)●1983年、京都市生まれ。神奈川県在住。慶応義塾大学卒業。会社員。2012年、「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞受賞。話題を呼び、刊行から2ヵ月で重版を重ね、現在第4刷。現在、受賞後第1作を執筆中。

常見陽平(つねみ・ようへい)●1974年、宮城県生まれ。一橋大学卒業後、リクルート入社。2005年、大手玩具メーカーに転職。2009年、(株)クオリティー・オブ・ライフに入社。退社後、フェロー就任。HR総合研究所の客員研究員に就任。人材コンサルタントとして活躍。『就活難民にならないための大学生活30のルール』『「意識高い系」という病』『自由な働き方をつくる』ほか、著書多数。

さしたる目的もなく戸建不動産会社に就職した松尾。そこは売上という結果以外、評価されない職場だった。容赦ない上司からの暴力。過酷なノルマ。成果を上げることが出来ない日々が続き、ある日突然、異動命令という戦力外通告を受ける。異動先の営業所でも、有名大学出の売れない奴として周囲から冷ややかな態度を取られる。そこでも課長から辞職を迫られるが、ある日様々な運も幸いして一つの物件が売れた。そこから課長に営業のノウハウを叩き込まれ、売上も一変。同時に服装、言動まで変わっている自分に気付かされ――。やがてどれだけ売れても満たされない空虚に侵食されていく。

第36回すばる文学賞受賞作。選考委員の角田光代さん「あまりにも引きこまれ、蒲田の家が売れたとき私は泣いたほどである」。高橋源一郎さん「あまりに面白すぎる! ターゲットが「かまされる」シーンでは、いままでの新人賞の選考で、一度も読んだことのないほどの迫力を感じた」と賞賛!

あまりにもリアルすぎて本人の体験? と思いきや、元不動産会社勤務の友人を取材して書いたそうです。読者を引き込んで離さない展開と構成力、新人とは思えない筆力に瞠目。

新庄さん曰く「生きづれえな、という感覚を大事にしたかった。若者が鬱屈している部分がテーマとしてあります。ファンタジーのように現実から背をそむけるだけでなく、もう少し直視してみたいんです」(「ダ・ヴィンチ」3月号より)。働くということの意味を問い直される作品です。

純文学とエンタメの両要素を持ち合わせた、期待の大型新人の出現です。

営業マンの思考と行動、顧客の思惑を圧倒的なリアリティーで描く、前代未聞の“不動産”小説。是非御一読を!

(編集F・M)


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