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『逆回りのお散歩』三崎亜記

 A市中央駅西口の、バスターミナル上のペデストリアンデッキで、聡美はおろし立てのブラウスの襟元を整えながら、小さなため息をついた。
 ベンチには、ホームレス風の男が数人、人の同情を一切寄せ付けまいとするように、背を丸めて座り込んでいた。かつて、放課後を少しでも引き延ばそうとたむろしていた高校生たちは、いったいどこに消えてしまったんだろう? 踏んでしまわないかと危ぶむほど群れていた鳩も、今は数羽しかいない。
 デッキ中央の時計台の下に立ち、久しぶりの駅前の風景を、時計と逆回りに見渡した。
 駅前で最も目立つ建物は、聡美が小学生の頃、「州都以上のブランド数と品揃え!」と鳴りもの入りでオープンしたファッションビルだ。それから二十年経った今、当時のテナントはすべて退去し、全国チェーンの漫画喫茶や居酒屋、百円ショップなど、テナントの穴を埋めるためだけに寄せ集められた店々が幅を利かせている。客足が遠のく上層階は、そうした店舗にすら敬遠されたらしく、苦肉の策で市役所の子育て支援施設と高齢者サポート施設が入居していた。
 駅周辺は、昔に比べれば確かにビルが増え、街並みは洗練された装いを見せている。だが通りに人通りは少なく、ビルの二階、三階には、何年もそのままなのだろう、「入居者募集中」の色褪せた張り紙が目立つ。屋上看板は消費者金融かパチンコ店の広告が入っていればまだいい方で、その多くは支えるべき看板もなく、骨組みを晒すばかりだ。
 A市に住んでいた高校生の頃までは、通学で毎日見ていたはずの風景なのに、微妙に縮尺の違う街に紛れ込んだような違和感がまとわりついて離れない。
 聡美が今暮らしているB市は、A市とは十五キロ程離れているに過ぎない。とはいえ、車での移動が日常となった今では、駅はもはや街の入口ではなくなっていた。
 建物や景観が新しくなれば、当然街は移ろう。でも、時の流れに取り残され、「変われなかった」ことでも、街は変わるのだ。両方の変化によって居心地が悪くなった街の「現在」を、ゆっくりと噛みしめる。
 変貌した姿を悲しむつもりはなかった。没個性化した街並みを嘆きつつ、地元の店を蔑ろにして大型店やチェーン店でばかり買い物するような、ちぐはぐな人間にはなりたくない。変化を傍観していた聡美は、街の衰退に加担したも同然だ。加害者が被害者ぶるのは滑稽でしかないだろう。
 ショーウィンドウに映った姿で、出かける前に何度も確かめたコーディネートをもう一度チェックする。スカートの柄が少し幼すぎたのではと、今さらどうしようもない後悔に襲われる。
 頬に触れる風はわずかだ。それでも、上空に見えない気流があるのか、商業ビルの屋上からの垂れ幕は激しくはためいている。

 ─C町との行政単位統合を成功させよう! A市統合推進室─

 統合まであと一年。少し留守にしている間に、実家を建て替えられてしまったような気がして、知らず口が尖る。だけど街の方からすれば、変わってしまったのは聡美の方かもしれない。
 ─私は、変わったの?
 閑散としたデッキに、高校の制服を着た自分を、そっと置いてみる。そのまなざしが今の自分を蔑んでいる気がして、慌てて頭から追いやった。
 変化に敏感になっているのは、これから会う相手のせいかもしれない。


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