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担当編集のテマエミソ新刊案内

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ニコニコ時給800円

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『ニコニコ時給800円』海猫沢めろん

定価:1,600円(本体)+税 7月26日発売

『ニコニコ時給800円』刊行記念対談
海猫沢めろん×西加奈子
何で働かなあかんのん?

PCゲームのデザイナーから作家へと転身し、SFをはじめとする様々なジャンルの作品を生み出している海猫沢めろんさんの新刊『ニコニコ時給800円』が刊行されます。
これを記念して、同世代作家で、ともに大阪育ちの西加奈子さんをゲストにお迎えし、本作の魅力や「働くこと」についてなど、存分に語っていただきました。

西 めろん君、お久しぶり。元気やった?

海猫沢 ぼちぼちでんなー。

西 『ニコニコ時給800円』は、「すばる」連載中から読ませてもらってたけど、今回全部通して読んでみて、すごく面白かったし、改めてびっくりもしました。

海猫沢 え、そう? たとえばどんな場面で?

西 この小説は、マンガ喫茶や洋服屋、パチンコ屋、低農薬野菜作り、ネットビジネスなどで、時給八〇〇円くらいで働く人たちを描いた連作でしょう。一つ一つの物語は別個のものなんやけど、登場人物が次の物語に微妙にかぶっていて、浅からぬ縁でつながっている。そういう仕掛けの中で、一つ一つの物語の最後に必ず読者を「えーっ、これってどうなってん?」と思わすような大きな謎を残して終わらせているやん。
 たとえば最初の「マンガ喫茶の悪魔」にしても、キノキダ君というバイトの男の子の"東大法科大学院修了予定"という学歴がキモになっているわけやけど、最後の最後で突然わけがわからんようになっている。あの場面はすでに読んでいたにもかかわらず、またびっくりした。

海猫沢 作者にはどっちが本当かわかっているけど、読者にはわざとそれを隠すという「リドルストーリー」という小説の手法があるのね。

西 リドルストーリー?

海猫沢 そう。物語の形式の一つで、物語の結末をわざと伏せ、読者にその後を委ねる小説のことを「リドルストーリー」っていうんですよ。つまりあえてオチをつけないで、最終的にどっちかわからんようにするってこと。『ニコニコ時給800円』の物語はほとんどがそうなっている。四話目はリドルストーリーというか、ちょっとループっぽいけども。

西 じつはこの小説のゲラを家で読んでいて、途中で出かける用事があって、四話目の「野菜畑のピーターパン」のところだけ持って出て、電車の中で読んでてんな。そしたらラストシーンを読んで、また物語の最初に戻っても、しばらく何の違和感もなく読んでもうた(笑)。ああ、なるほど、そういうループな仕掛けが繰り返し感を与えていたわけやなと、今思った。すごい。

海猫沢 なんていい読者なんだ(笑)。

西 でも、どうしてそういう手法を小説に取り入れようと思うたん?

海猫沢 オチをつけて完結した感があるとそこで思考が停止してしまうやん。だから物語を明確に終わらせたくなかった。読んだことで思考を停止させるのが嫌なんですね。「超泣けたー」みたいなのが嫌やねん。「わからんけど、もうこの気分捨てたい」というような感じ。それはずっと何か刺さっているわけやん。そういう残る部分を作りたかった。
 それとなるべく世界観をつなげたいというのもあった。くらもちふさこさんの『駅から5分』という漫画があるんです。
これは毎回主人公が違うねんけど、あるところですれ違っていたりする群像劇で、いわば街全体が描かれている。連作短編ってけっこうぶつ切りになることが多いんだけど、根っこのところでは全部つながっているという長編感を出したかった。その意味では長編を書くための練習をずっとしている感じはあるかな。

西 長編を書くための筋力トレーニングやな。

海猫沢 そうそう。最終話を書いた時点で、「おー、ちゃんとつながっていてよかった」みたいな(笑)。

内面を覗けない不穏な怖さ

西 それともう一つ、強く感じたんは、登場人物の髪型や服装とかディテールを細かく書き込んでいるのに、ひとりひとりがのっぺらぼうな感じがして、それが怖かった。

海猫沢 のっぺらぼうって、内面が見えない感じ?

西 そう、内面も見えないし、何かぽこっとした丸がつながっている人たちみたいな感じがした。ふわふわした細胞のような ……。中身がないと言っちゃうと言葉通りの感じになるけど、それさえも当てはまらへんというか、言葉以前の感じの不気味さを感じたん。読んでいて、すごい不穏というか ……。だから、登場人物の一人が煮詰まってワッと人にキレる場面とかを読むと、逆にほっとするというか。

海猫沢 なるほど。そんなふうに読めるのか。この小説は一応三人称で書いているんやけど、人称に関してはすごい迷ったんですよ。三人称というのは、本当は書かれへんとオレは思っていて。つまり、神の視点とかカメラにならないとあかんわけ。無機質なものの視点で、感情も何もない。でも、書いているのはオレらやん。

西 そうやな。

海猫沢 連載を始めた当時は完全にカメラの視点でやりたかったねん。人間性を入れたくなかった。キャラクターの感情が見えへんというのはそういう部分もあるんじゃないかな。極力登場人物の内面を描かないという脱人格化された、生き物を観察するような視点で書いたから。アントリウムみたいな感じ。

西 ああ、それが内面を覗けない不穏な怖さやったんやな。だけど後半からその怖さがだんだんなくなって、人間がぐっと前に出てくる感じになる。

海猫沢 書き手側もマシンじゃないから、無機質な視点としてやっていても、どうしても何かが出てまうやん。最後までマシンに徹してできんかった。

西 いや、その変化が逆に私はよかったと思う。登場人物のキャラがぐうっと立ってきて、面白さが増していくというか。

海猫沢 西さんの新刊の『円卓』、読ましてもらいましたけど、この小説は琴子という九歳の女の子が主人公なんやけど、三人称で書かれている地の文が、すごいなと思った。この三人称がなぜすごいかというと、口語体なんや。完全にしゃべっている感じ。
しかもすごいドライブ感がある。

西 読んでくれはってありがとう。うちはその口語体の三人称というところは、自分ではよくわからへんけど。

海猫沢 しゃべっているままや。無機質な視点から書いているオレの小説とはまるで逆で、もろエモーショナルなドライブ感で小説が進んでいく。他の作家  ――えーと、たとえばドストエフスキーとは絶対違う。西さんだけの文体やねん。

西 ドストエフスキーとは絶対ちゃうって(笑)。

海猫沢 こないだジャズミュージシャンの菊地成孔さんと南博さんの対談を見に行ってん。そこで南さんが日本語のグルーヴについて語ってて――海外がオフビートなのに比べて日本ってどうしてもオンになりがちなのね。頭に拍があるっていうか。花村萬月さんも初期の小説でよく記述してたけれど。

西 わかる! うちどうも裏打ちの曲って難しくてノられへんねん。

海猫沢 裏に比べると頭打ちってどうもノリが出にくいねんな。で、そのノリって言語から来てるものじゃないかと言うわけ。たとえばチャーリー・パーカーはきっとあんなふうにしゃべっていたんじゃないかと。だとしたら日本語の喋り言葉のグルーブもあって、それを追求したら面白いのではないか……と思って南さんは古今亭志ん生の落語にそれを見いだすんですよ(笑)で、気づくんだけど、日本語のグルーヴってそういうオフとかオンのビートにはなくて、「間」にあるんじゃないかと。

西 間かあ。

海猫沢 で、話を小説にもどすと、文体のグルーヴを出すための「間」っていうのはなにかという話になる。これ、読点の打ち方じゃないかなと思うんですね。つまり、西さんの口語文体のグルーヴを支えてるのは読点の独特な打ち方やと思うねん。読点の打ち方って生理的なもんもあるやん。読んでるうちになんともいえん大阪弁のグルーヴが滲んでくる。『円卓』はそこが魅力的やなあ。

西 話がちゃんと戻ってきた(笑)

海猫沢 これ読んだとき、『じゃりン子チエ』を思い出した(笑)。でも性格設定が逆やねん。じゃりン子チエは、家庭環境は悪いけど、普通に生きてるやん。だけど、この小学三年生の琴子は、家庭環境は普通やのに、それが嫌という女の子やん。

西 小さい頃、そういうのってなかった? うちはすごいあったよ。

海猫沢 あった、普通コンプレックスやろ。複雑な家庭環境の子がおったら、ロックやなと思って、オレと換えてくれよというのがあった。

西 絶対大きな声では言えへんけど、アンネ・フランクとかもちょっと憧れた。

海猫沢 あー、わかるわかる(笑)。

西 めろん君って、常に自分のことを俯瞰して見てるよね。そういう感じが面白いと思う。その感じがすごく小説にも出ていて、書きながら自分のことも見ているなって感じが伝わってきた。

海猫沢 常に不安やから俯瞰で見る、というところがある。西さんにはないよね。どっちがいいか悪いかは、その時々で違うけれど。この作品の三人称の口語体は西加奈子という作家のいいところを引き出していて、結果的に全然いいと思うで。

西 ほんま? ありがとう。

海猫沢 オレなんかまだ文体について、どうしたら一番なんかわからんもん。迷いや不安ばかりで、いつも試行錯誤している。

西 めろん君の本と、この私の本をシャッフルして、「どっちが書いたでしょう?」と言っても、すぐにバレるね。

海猫沢 本人を知らなくても、本読んで会ったら、一致すると思う。ただ、作者と作品が一致するのがいいのかと言えば、やっぱり違うやん。いいことが書いてあるから、「この人、すごくいい人なんや」と思うのは単純すぎるし。悪人でも、いいもの書く人っておるわけよ。

西 たとえば誰?

海猫沢 フランスの作家、詩人のジャン・ジュネ。『花のノートルダム』とか『薔薇の奇蹟』とか、とにかく素晴らしい文章やねん。抒情的というか、ともかくエモいねん。しかも愛があんねん。ところが彼は窃盗しまくりの犯罪者で、牢屋にも入っていた。

西 そういう人だから、よけい理想的なものを求めて書いたんと違う?

海猫沢 そうかもしれん。でも、オレとしては作者と作品は一致してしまうという理念をもっておいたほうがいいと思ってる。それがないと倫理がなくなるやん。「オレは悪いけど、作品がいいからいいやろ」って開き直るのは、嫌やねん。だから心が作品に表れるという考え方は必要だと思う。その意味で、西さんの作品は本人のいい部分が出ていて、けっこうホッとした。

西 そういう感想、初めてやけど、なんかうれしいな。

西 『ニコニコ時給800円』では、いろんな職業が出てくるけど、それぞれの仕事をしている人に取材したんやて? 

海猫沢 しましたね。一人ずつ。ただマンガ喫茶にしてもパチンコ屋にしても、そこで仕事をしている人に何をどう聞いたらええんかわからなくて。とりあえず、朝何時に起きて何をして、仕事に行ってまず何するかとか全部聞いたけど、あんまりうまい取材の仕方じゃなかったと思う。 

西 感情的なことは全然聞いてない?

海猫沢 あんまり聞かんかった。感情に興味がないというか、書きたくてもどうもオレ自身にさほどそういうエモい部分がないねん。

西 それがよけい、視点の無機質な部分を増幅させるのかも。

海猫沢 映画の演出みたいなもんやな。内面を書かれへんから、全部見えるもので表現せなあかん、というやり方。

西 あえて内面を書いてないから、登場人物全員に、何かありそう感がプンプンして、どきどきしながら読んだ。めろん君自身もやけど、作品自体も、人間の感情に恥じらっている感じがして、そこが個性やと思うし、キュートやねん。
 めろん君自身も昔からいろんな職業を経験してきたやん。今回、時給八〇〇円の世界を描いてみて何か変化あった? 

海猫沢 この連載が始まった頃って、派遣社員の問題や秋葉原の事件があった時期やったのね。東北の地震もあって、今はかなり風化した感があるけど、依然としてその問題は残ってる。オレの二〇代の頃ってフリーター全盛の時期で、そのフリーターが派遣社員になっていったから、そのまま高齢化して、問題がよりでかくなって戻ってきたみたいなところがあるよね。
 オレ、サラリーマンを三年やってんねんけど、今思い出すと本当にひどかった。

西 うつだったときやろ? 今になると、それもう信じられへんな(笑)。

海猫沢 三年間、一回も定時に会社に行ったことなかった。もう初日から遅れて、「もしもーし」って社長に電話されて。「今日はちょっと体調悪いんで」「いや、初日やから来たほうがええんちゃうか」みたいに言われて(笑)。

西 よう三年もおらしてもろうたな。

海猫沢 そうやろ。社長がいい人やったから。仕事も全然できんで、会社に行っても暗い顔して、何回も何回もずっとメールチェックしてるだけ。完全に気がおかしくなってた(笑)。やめたときもオレの送別会やってくれてんけど、その送別会にも、体調悪いからって行かんかったからな。

西 ほんま? ひどいな。

海猫沢 最後に「まあ頑張れよ」と言われて、本を二冊もらってん。『社会の常識辞典』と『挨拶ができる人間になる』みたいなの(笑)。帰りに古本屋で売った。人として終わってたなあ。

西 今、その人に感謝してる?

海猫沢 ……してない。

西 うわー。すごいな、めろん君。

海猫沢 仕事って自発的に楽しくやらなできひんって。他人から与えられて自動的にやってても、仕事なんてできひんよ。

西 じゃあ、人はなんで働くの?

海猫沢 逆に言うと、何で働かなあかんのん? と、オレのほうが問いたいねん。

西 最終話で、ネットビジネスで五〇〇億稼いで、それを全部使い果たしたリュウセイ君に、いくらカネがあっても楽しさはカネでは買えないと言わせているけど、あれはめろん君の本音?

海猫沢 本音に近い。なんかもうお金を稼いでもしょうがない感があって。だってオレ、年間一〇〇万ぐらいで何の問題もなく生きているから、ほんま。昔だとありえないじゃん。今は、牛丼屋と百均、その二つがあればかろうじて生きられるやん。そういうモードになっている人けっこう多いと思う。お金が欲しい人はめっちゃ欲しがるけど、そういう人は少ないような気がする。そこそこ食っていければ楽しいからええかなと。この『ニコニコ時給800円』は、そういうところを書けたらいいかなと。仕事小説って、わりと会社員小説が多いわけ。そうじゃなく、働くということのもっと根本的なことをオレは知りたかったし、書きたかった。
 あとは、大学生で就職活動していてちょっと悩んでいる子とか、仕事をまだしたことのない中高生で、仕事ってどんなことするの? って思っている子たちの参考になればいいかなと。それと、年齢の高い人で「サラリーマンやってるけど、面白くねえ」と悩んでいる人に、こういう感じの考え方もあるよと。

西 めろん君は、今は何が楽しい?

海猫沢 何やろう。この小説にも書いたけど、『イワン・デニーソヴィチの一日』みたいに、ひたすらレンガを積んだりしてても、何となく楽しくなったりするやん。そんな感じに近いかな。

西 それってドラッグやっている感じに近いってこと?

海猫沢 いや、「○○道」に近いで。空手みたいに、ずっと型を繰り返していると、その先にもっと高いレベルの何かがあるという感じかな。オレの場合は小説やけど、わからんことがわかったり、書いているときに「これ、前に失敗したから、ここをこうやったらうまくいくんちゃうか」とか、積み重ねでレベルが上がっていくみたいなのが楽しい。

西 RPGの修行とか冒険と一緒やん。

海猫沢 そうそう、修行を積んでいろいろアイテムをゲットすると、次のダンジョンに行ける(笑)。

西 楽しけりゃいいやんと言うと軽く聞こえるけど、じつはわりと地道な努力家なんやな。

海猫沢 努力とか死ぬほどキライやけどね(笑)。

西 『全滅脳フューチャー!!!』でも、ありえないような人生を歩んできた主人公に「足場を固めないと、遠くには飛べない」と言わせてる。「自分の弱さやずるさを認めないと、どこにも行けない」とも。

海猫沢 努力した分しか、人間は成長せえへんという思い込みが消えへんねん。どのぐらいやっているか自分でわかるわけ。「このぐらいやな」と思うから、ここまでしか行かれへんねん。そんなの無視しててもバーンと行く人もおるやん。オレはそうやないから。思考が停止したら終わりやみたいな恐怖は常にあるかもしれない。

西 うちは、そうやって常にちょっと浮いたところから客観的に自分を見ているめろん君は、ちょっとロボットみたいやけど、キュートな作家やと思ってます。また次のダンジョンに進んで、めちゃ面白い作品を読ませてな。

構成=宮内千和子/撮影=隼田大輔

取材協力=喫茶去(東京・神田神保町)

(「青春と読書」8月号掲載)

うみねこざわ・めろん●作家。1975年大阪府生まれ。デザイナーとしてPCゲーム制作等で活動の後、2004年『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。著書に『嫌オタク流』『零式』『全滅脳フューチャー!!!』『愛についての感じ』等。

にし・かなこ●作家。1977年イランのテヘラン生まれ、カイロ、大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。 著書に『さくら』『通天閣』(織田作之助賞)『窓の魚』『うつくしい人』『炎上する君』『白いしるし』『円卓』等。


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