あらすじ

35歳、無職、パチンコ依存症の伊達。
ある日、大勝ちした勢いで訪れたソープランドで出会った詩織に恋心を抱き、入れ込むようになる。やがて所持金が底をつき、闇金業者から借りた金を踏み倒して襲撃を受ける伊達だったが、その窮地を救ったのはかつての兄貴分、関川組の山本だった。
その後、山本との奇妙な共生生活を続けながら、詩織に一層のめり込んでいく伊達。
一方、関川組の組長引退をきっかけにした内紛が抗争へと発展し、関川組周辺にきな臭い空気が立ち込める。
伊達の秘められた過去、そして山本が伊達の前に現れた本当の理由が明かされるとき、事態は思いもよらぬ方向へと転がり進んでゆく──。

闇夜の底で踊れ

闇夜の底で踊れ増島拓哉
2019年2月26日
本体1700円+税
328ページ
四六判ハードカバー
ISBN:
978-4-08-771179-0

著者略歴

増島拓哉(ますじま・たくや)
1999年大阪生まれ。関西学院大学法学部在学中。本作で第31回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。

増島拓哉

受賞記念エッセイ「夢から目標へ」

「本」と言えば手塚治虫と少年ジャンプのことだと思っていた私が生まれて初めて小説を読んだのは、小学四年生のときでした。場所は放課後の図書室、記念すべき作品は『緋色の研究』です。初めて読む小説は滅法面白く、また、文字を読んで情景を自分で想像するという、それまで知らなかった喜びを私に教えてくれました。

不思議なことに、描かれたコマを直接目で見ることのできる漫画よりも、頭の中で絵を描く小説の方が、現実からより遠く離れた場所まで自分を運び、物語の世界に没入させてくれると気付いたのです。以来、私は瞬く間に小説の虜になり、星新一やホームズ、ルパン、怪人二十面相といった、文学少年少女の通過儀礼のような作品群を、御多分に洩れず読み漁りました。そして、中学一年生で筒井康隆に出逢った私は、いよいよ引き返せないほど小説の魅力に取り憑かれてしまったのです。とはいえ、冷静に振り返ってみると、中学三年間で読んだのは幾つかの古典的な名著と、筒井康隆、安部公房、横溝正史の著作くらいですが、小説を読んで最も充実感を抱いていたのは、この三年間かもしれません。

高校に入ると、私は文藝部に所属しました。部員は素敵な人達ばかりで、部室で過ごした時間はかけがえのない思い出として未だに清冽な輝きを放っていますが、同時に、生まれて初めて自分で掌編小説を書き、そのクオリティの低さに愕然としたという苦い挫折の記憶も、強く心に残っています。「普通」という言葉は大勢の人々の思い込みによって形成された幻想に過ぎない、と現在の私は考えていますが、幼少期の私は、「自分は普通とは違う人間だ」という根拠のない確信を抱いていました。そして、人生初の小説執筆で挫折を味わった高校一年生の私は、「自分はもしかしたら普通の人間かもしれない」と感じ、甚大なるショックを受けたのです。

それ以降、「普通」の生活から逃げるようにして、小説や音楽や映画や漫画やテレビやラジオやなどの色々な娯楽に、これまで以上にのめり込んでいきました。小説にしても、それまでは特定の作家の作品を中心に読んでいましたが、文豪の書いた高尚な純文学から、SF、ホラー、ミステリ、前衛小説まで、殆どジャンルを問わず、浅く広く読むことを心掛けるようになりました。

そうした娯楽に溺れるのは至福のひとときでしたが、小説だけは、文藝部員として自分が書く作品との差を歴然と思い知らされ、暗澹たる思いに襲われることもありました。文藝部は単なる部活、それも毎日集まって熱い文学論を交わすといったタイプではなく、週に一度部室に集い、雑談に花を咲かせることが主な活動内容、という怠惰で甘美な部活です。にもかかわらず、どうしてそれほど落ち込むことがあるのだろう、と疑問に思っていた私ですが、ある日ふと、小学校の卒業文集を読み返していたときに、その答えを悟りました。そこには、「将来の夢 小説家」と記されていたのです。高校生の時分には卒業文集にそんなことを書いたとはすっかり忘れていましたし、将来の夢を訊かれても「分からない」と答えていましたが、私は心の奥底でずっと、小説家という職業に憧れ続けていたのです。まるで幼馴染に対する恋心を自覚した乙女のように、私は驚き、そして納得しました。思えば、色々なジャンルの娯楽に触れ、色々なジャンルの小説を意識的に読むようになったのも、小説家になるために必要な糧だと、心の何処かで無意識の内に感じていたからかもしれません。

そうして、小説家になりたい、という夢を抱き始めた私でしたが、面白い小説を読むたびに、壁の高さと厚さに心を削られ、なかなか足を踏み出そうとはしませんでした。そんな私を変えたのは、高校二年生の十一月に読んだ、一冊の小説です。その夜、就寝前の十五分間だけ読書をするつもりで大沢在昌さんの『新宿鮫』を手に取った私は、すぐさまストーリーの奔流に押し流され、これほど面白い作品をすぐに読み終えるのは勿体ないという名残惜しさを感じながらも、結局ページを捲る手を止められず、ふと気が付くと、最後の一行を読み終えていました。熱い感動と一抹の寂しさを孕んだ深い余韻に浸りながら、私はじっと本の表紙を見つめました。それは、「いつか小説家になりたい」という漠然とした夢が、「こんな小説を書いてみたい」という明確な目標へと変貌を遂げた瞬間でした。面白い小説を読むたびに抱いていた、「こんな小説、自分には書けない」という後ろ向きな感情を吹き飛ばし、新たな風を吹き込んでしまうほど、『新宿鮫』は圧倒的に力強く、面白かったのです。

今回、数ある新人賞の中で小説すばる新人賞を選んで応募した理由は幾つかありますが、一番の理由は、公式サイトに大きく表示された、【応募条件、「面白い小説」。】の文字でした。初めてとなる長編小説の執筆に手こずり、プロの作家がよく述べる「キャラが勝手に動く」という言葉に「どういうこっちゃ」と首を傾げて苦しみましたが、そのたびに、『新宿鮫』を読んで感じた面白さを反芻し、それに近付かんとして尽力しました。小説に何を求めるかは人によって異なるでしょうが、私は『緋色の研究』を読んで以来ずっと、「面白さ」を第一に求めているのだと、応募作を書きながら気付かされました。

最もシンプルで、恐らく最も難しい目標だと思いますが、私の今後の目標は、「面白い小説を書くこと」です。

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第31回
小説すばる新人賞受賞対談
増島拓哉×大沢在昌

©三山エリ

新人もベテランも
原稿に向かえば暗中模索──

三十五歳、無職。パチンコと肉体労働で生活をしている男が風俗で出会った女性に入れあげたあげく、非合法の仕事に手を染めるうち、ヤクザの抗争に巻き込まれていく──
第31回小説すばる新人賞受賞作『闇夜の底で踊れ』は、抜群のリーダビリティとテンポのよさを持った長編小説。そのハードな内容とクオリティの高さと同時に、作者の増島拓哉さんが十九歳の大学生だったことも選考委員を驚愕させた。その増島さんがあこがれの作家として真っ先にその名を挙げるのが大沢在昌さん。緊張気味の新人作家の問いに答え、ベテラン作家が語った「作家という生き方」とは。

構成=タカザワケンジ/撮影=三山エリ

「この子は一体どういう育ち方をしたんだろう」と思った

大沢

小説すばる新人賞受賞おめでとうございます。

増島

ありがとうございます。

大沢

受賞作の『闇夜の底で踊れ』を読ませていただきました。最初の何十ページか読んだ時点で、場面転換のテンポがよくて、その辺のセンスがいい人だなと感心しました。その後は一気読みでしたね。注文がないといえば嘘なんだけど、トータルでいったらすばらしい。あなたはいま二十歳だっけ。

増島

三月で二十歳になります。

大沢

まだ十九歳? 十九でこれだけ書けるの。すごいね。キャラクターの描き分けも上手いし、この風貌から思いつかないぐらいヤクザ業界のことをちゃんと書けている。この子は一体どういう育ち方をしたんだろうと思ったけど(笑)。そういう世界が間近に見られるような環境で育ったの?

増島

いえ。大阪郊外のごく普通の家庭で育ちました。ヤクザ業界に知り合いは一人もいないです。

大沢

いない? ということは、マンガやドラマ、Vシネとかを見て、それを自分の中でつなぎ合わせてキャラクターをつくり、極道の世界観みたいなものをつくったということになるよね。

増島

はい。北野武監督の『アウトレイジ』シリーズが好きです。それに、大沢さんの小説からも影響を受けています。

大沢

俺もヤクザ業界に知り合いはいないな(笑)。だとすると、極道にこだわることなくいろんな世界を書けるんだろうな。つまり、『アウトレイジ』を見て知らない極道の話をあそこまで書けるんだったら、ハリウッド映画を見てCIAの話だって書けちゃうだろう。先に結論いっちゃうのはよくないかもしれないけど、これから先は、このデビュー作の世界観に縛られることなく、どんどんいろんなものを書けるし、書いていくべきだという印象を持ちました。

増島

ありがとうございます。

大沢

ただ、小説家という仕事はずっと続くから、これから十年、二十年、三十年先、その時々にどんなものを書いていくかが重要だと思うんだよね。いま、人生設計で、ある程度決まっていることってある?

増島

いま大学二年なんですが、卒業したら就職はしようかなと思っています。

大沢

うん、それはすごくいいと思う。

増島

授賞式の二次会で、大沢さんが企業と組織を知ることが作家としての強みになるとおっしゃってくださったので、真剣に就職のことを考え始めました。

大沢

なぜそういったかというと、俺自身は新人賞を受賞したのと就職が決まったのが同時で、結局就職はしなかったから。新聞社から内定が出ていたんだけど、俺が受賞した新人賞の選考委員だった生島治郎さんから「サラリーマンの一年生も大変だけど作家の一年生も大変だぞ」といわれたんです。一遍に二足のわらじ(わらじわ)を履くのは難しいぞ、と。だったらもともとなりたかったのは小説家だから、筆一本でいっちゃえばいいやということで専業作家になった。もちろんその選択をよかったと思っているんだけど、すぐに作家としてうまくいくわけもなくて、聞くも涙、語るも涙の売れなかった時代の苦労話があるんだけど……、まあ、そんな苦労はしてもしなくてもいいけど、それよりも就職しなかったから組織というものを経験していないことが、いまになってみれば自分の弱点だと思う。せっかくこれから経験できるチャンスがあるんだから生かしてほしい。

増島

就職活動がんばってみます。

©三山エリ

『新宿鮫』を意識した、最後の一行

大沢

『闇夜の底で踊れ』に戻るけど、選考委員が評価したのは、やっぱりキャラだと思うんだよね。主人公の伊達雅樹も面白い男だけど、伊達がパチンコ屋で知り合う平田っていうおっさんとか、伊達にからんでくるいろいろなタイプの極道とか、登場人物一人一人の個性が立っている。「役」じゃなく、「キャラ」になっているんだ。とても十九歳の筆とは思えないね。俺も十九のときに小説を書いてたけど、とてもじゃないけどこんなものは書いてなかったし、デビューしたのが二十三で、あなたより四歳年上だったけど、それでも今のあなたにかなうレベルじゃなかったなってつくづく思った。こういう人間たちも全部想像で書いたの?

増島

平田というのは、母方の祖父がモデルなんです。職人気質の大工で。

大沢

ご本人もパチンコ大好きなの?

増島

いえ、パチンコはそれほどでもないですが、チェーンスモーカーで、ほとんどアルコール依存症でした(笑)。もう亡くなりましたけど、好きな祖父だったんです。

大沢

そういう人物を好きだと思う感性が作家に向いてるよね。ちょっとやらかしちゃった人が好きという感覚が。ほかにはいないの? 一族の中でそういう人。

増島

ほかにはいないですね。

大沢

そうか。実は俺も親戚がみんな堅くてさ。その中で一人だけ変わったおじさんがいたんだよ。学生結婚したものの、クリスチャンだから離婚できなくて、自分の実家に奥さんを置き去りにして、銀座のクラブのママと同棲して、俺とばったり六本木のジャズバーで会ったときは人妻を口説いていたという(笑)。もう亡くなっちゃったんだけど、めちゃくちゃな遊び人でね。俺もその人のこと好きだったんだけど、そういう人が一人でも一族の中にいると、自分にもそういうDNAが多少あるのかなという気にもなるんだけどね。

ところで、これはあなたの新人賞受賞記念の対談なんだから、そもそもあなたが小説を書こうと思ったきっかけを聞かなくちゃ。

増島

もともと小学生ぐらいから、漠然と小説家に対するあこがれみたいなのはあったんです。小学校六年生の卒業文集に、将来の夢は小説家、と書いたり。でも、こんな小説を書きたいとか、書いてみようというところまではいきませんでした。高校二年生の十一月だったと思いますけど、寝る前にちょっとだけ本を読もうと思って、その日に買った大沢さんの『新宿鮫』を読み始めたんです。十一時半ぐらいに読み始めたんですけど、そのまま止まらなくなって読み終わったのが一時半ぐらい。最後の一行を読んだときに、ああ、こういう小説を書きたいと思いました。以来、大沢さんの小説はすべて読んでいます。

大沢

最後の一行って、『新宿鮫』の最後、「新宿署で、最高のお巡りだ」というあのせりふ?

増島

そうです。『闇夜の底で踊れ』を、せりふで終わらせているのは、それを意識しました。

©三山エリ

「俺ね、実は褒められるのに弱い人間」

大沢

なるほどね。よく似た経験は俺自身にもあるんだよ。もともと俺はミステリーが好きで、本格ミステリーを読んでいたの。エラリー・クイーンとか、アガサ・クリスティとか。でも、あるとき何も考えずに手に取ったウィリアム・P・マッギヴァーンというアメリカのハードボイルド作家の『最悪のとき』を読んで、ものすごい衝撃を受けた。警察というのは正義の味方で悪人を捕まえるか、あるいは名探偵の間抜けな補助役でしかないと思っていた固定観念が覆されたから。読み終えたときに、めちゃくちゃ感動して、こういう小説ってどんなジャンルなんだろうと思ったらハードボイルドと呼ばれているとわかって、それからマッギヴァーンはもちろん、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーを追いかけて読みだした。そのときに俺は将来、ハードボイルド作家になりたいって思ったわけ。それが中学生のときで、それから一心不乱にやってきてたどり着いたのがここなんだけどさ。そういう意味では、あなたの人生にとって『新宿鮫』がそんなに大きな影響を与えてしまったのかと思うと、申しわけないような(笑)。で、その後はいろいろなハードボイルド小説を読んだわけ?

増島

ハードボイルドはチャンドラーのフィリップ・マーロウもの、ロス・マクドナルドとハメットを読んだくらいです。その後はSFを読んだりいろいろですね。ジャンル単位や作家単位ではまることはあまりないんです。

大沢

俺の場合は例外だったということ?

増島

そうです。数少ない中のお一人です。

大沢

光栄な話なんだけど、どこがいいの?(笑)

増島

小説を一気読みすることってあまりしないんですけど、大沢さんの本はほとんどすべて一気読みしています。どれもぶっちぎりで面白いんです。

大沢

面白いといってもらえるのが俺にとって最高の褒め言葉。俺は自分の小説を読んで感動したとか、生き方を学んだとか、そんなことをちっともいってほしくないの。とにかく読み始めたら止まりませんでしたといわれたい。俺の作品の中で何が一番好きなの?

増島

シリーズ物を除けば『ライアー』ですね。

大沢

わりと新しい作品だよね。『ライアー』のどこがいいの?

増島

……面白い(笑)。うまくいえないんですが、女性の主人公で、あそこまでかっこいい小説ってあまりないと思うんです。

大沢

ちょうど出たばかりの『帰去来』という作品があるんだけど、これも女性が主人公。なぜ女性を書くのかといえば、飽きないから。つまり、男の小説ばかり書いていると飽きちゃうんだ。例えば連載を並行して二本持っているとすると、片方が男の小説だったらもう片方は女を主人公に書きたくなる。そうすると、飽きないで書ける。『新宿鮫』シリーズの中では何が一番好き?

増島

一番最近に読んだ作品が一番面白いと思っちゃうんですね。

大沢

そうすると『絆回廊』?

増島

『絆回廊』を読んだときは、これが一番面白いなと思うんですけど、例えば三作目を読み直すと、ああ、三作目が一番面白いなと思ってしまいます。読み直すたびに、一番が替わるんです。

大沢

読み直したりもするんだ。困ったな(笑)。俺ね、実は褒められるのに弱い人間なのね。だからさ、すごくうれしいし光栄なんだけど、自分の話になるとしゃべりづらくなっちゃうんだよな。

増島

初めて受けたインタビューで、将来どんな作家になりたいか、と聞かれたので、大沢在昌さんと答えました。

大沢

こんな程度でいいのか、おい(笑)。じゃあ何か質問してよ。何でも答えるよ。

プロットはつくらない書きたいシーンを我慢する

増島

小説の書き方がまだ全然わかってない状態なのでお聞きしたいんですけど、プロット(小説を書く前に用意するあらすじ)はあらかじめ考えていらっしゃるんですか。

大沢

考えてない。唯一の例外が佐久間公を主人公にした最初の長編。そのときは初めて長いものを書くから、きちっとプロットをつくって組み立てたのね。その作品は、一度は文庫になったけど、その後は文庫化を許可していない作品なんだ。つまり、気に入らない作品でさ。その次からは、長編でもプロットを細かく決めるのはやめちゃった。

増島

何か理由があるんですか。

大沢

プロットを先に決めると、まずその流れを消化することに意識がいってしまう。小説というのは分かれ道の連続。前もってプロットを決めると、ここは右か左か、ではなく、右しかないになっちゃうわけだよね。次の分かれ道に来たら、これは左しかないなと。だけど、もう一つの道を行けばもっと話が膨らむかもしれない。あるいはまだ登場していない、もっと面白い登場人物が角の先で待っているかもしれない。プロットに縛られるとそれができなくなってしまうという気がしたんだ。あなたがこれを書いたときにはプロットはある程度決めたの?

増島

僕もプロットはつくらずに書きました。短いものは書いたことがあったんですが、長いものは書いたことがなくて、どう書いたらいいかよくわからなかったので。でも、プロットをつくったほうがいいのかなと思ったので、大沢さんに聞いてみたかったんです。

大沢

最初からそれができるなら大丈夫だよ。ただ、プロットをつくらずに書いた弱点もあるね。とくに前半が主人公、伊達の日記的なものになっているじゃない? この対談の冒頭で「注文がないといえば嘘なんだけど」といったのはそこ。ストーリーの縦糸が見えにくいんだ。縦糸というのは、この物語を貫く線のことね。例えば、復讐の話でもいいし、あるいは宝探しの話でもいい。読者がこの糸をたどっていけばいい、という糸がはっきりしていたほうがいい。これから書いていく上で、縦糸をまずきちっと決めることを意識するといいんじゃないかな。縦糸をびしっと決めて、面白いキャラクターを出してくればいい小説になる。

増島

たしかにそうですね。僕の場合、書きたいシーンが頭に浮かんで、まずそれを書くところから始めました。でも、ストーリーとしては、書きたい場面につながるように書かなければならないので、それが大変だったんです。

大沢

それは危険な場合もある。書きたいシーンを先に書いちゃうと、そこで満足してしまう可能性があるんだ。だから我慢してすぐに書かないほうがいい。頭の中で膨らませて膨らませて、ギリギリまで膨らませて、ようやくずっと書きたかったシーンを書く。そこまで我慢したほうが満足感も大きいし、達成感もある。それに、すごく書きたいシーンだったのに、実際書いてみたらほかにもっといいシーンを書いていた、なんてこともあるんだ。抽象的ないい方でわかりづらいかもしれないけど、すでに小説を書いているあなたには通じると思う。

増島

なんとなくわかります。次に長編を書くときには書きたいシーンを我慢してみます。

©三山エリ

「変わらない」ってどういうことだろう?

大沢

『闇夜の底で踊れ』の主人公の伊達は、ある意味で、善でもなければ悪でもない。いわばグレーのキャラクター。そういう人物を書き切るというのはなかなか大変なんだよね。黒か白にしちゃったほうが書きやすいわけだから。とくにまだ小説を何本も書いているわけじゃない人にとってはね。伊達は変な理屈を並べるけど、実は本人の行動には理屈がないというのも面白い。

増島

以前、インタビュー記事で大沢さんが、面白い小説は大きく分けると二つあって、一つは謎を解きあかす小説、もう一つは登場人物の変化を描く小説、とおっしゃっていたのが頭にあったんです。それなら、登場人物の変化を描くように見せかけて、実は最終的に変われなかった主人公を書いてみようかなというのがキャラづくりの根底にありました。

大沢

冒頭と最後が呼応しているのはそういうことか。変わらない主人公を書いたことで、あなたの中で何か納得したことってあった? 大沢在昌どうだ、変わらない主人公を書いてやったぜ! みたいな。

増島

それはないですけど(笑)。でも、これはこれで面白いかなとは思いました。ただ、変わらないってどういうことだろう? 主人公の伊達は本当に変わらなかったのか? と自分の中で疑問が生まれました。変わらないように見えて、実は変わっているのかな、とか。

大沢

なるほどね。ネタバレになるからこれ以上はいえないけど。こういうキャラクターをいきなりつくれちゃう十九歳ってどうよ、という気はするんだけど。まあ、才能という言葉を軽々しく使っちゃいかんけど、才能があるんだね。

増島

背筋が伸びます。でも、不思議な感覚です。ずっと読んでいた作家の方とこうしてお話しできていることが。

大沢

ああ、わかるわかる。それは俺自身も実際経験したから。その対象が俺だというのがかわいそうだなと思うぐらいで(笑)。俺の場合、生島治郎さんと知り合ってから、次々にあこがれの作家たちとご一緒する機会があって、夢みたいな気分になったけどね。でも結局、小説家というのは、どれだけベテランだろうが、駆け出しの新人だろうが、原稿に向かったら一人。ほんとうに暗中模索なんです。俺だって、いままで大体百冊ぐらい本を出しているんだけど、いまだに暗中模索ですよ。暗中模索という点では、あなたも俺も一緒。でも、暗中模索だから小説って書くのが面白いんだと俺は思うね。

増島

はい。これから頑張って書いていきたいと思います。今日はありがとうございました。

大沢在昌(おおさわ・ありまさ)
作家。1956年愛知県生まれ。著書に『感傷の街角』(小説推理新人賞)『新宿鮫』(吉川英治文学新人賞・日本推理作家協会賞)『新宿鮫 無間人形』(直木賞)『パンドラ・アイランド』(柴田錬三郎賞)『海と月の迷路』(吉川英治文学賞)『漂砂の塔』『帰去来』等多数。

増島拓哉(ますじま・たくや)
1999年大阪府生まれ。関西学院大学法学部在学中。「闇夜の底で踊れ」で第31回小説すばる新人賞を受賞。

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闇夜の底で踊れ

闇夜の底で踊れ増島拓哉
2019年2月26日 本体1700円+税
328ページ 四六判ハードカバー
ISBN:978-4-08-771179-0

第31回小説すばる新人賞受賞作
ざまあみさらせ、あほんだら
男は快楽と暴力に満ちた闇社会の混沌に飲み込まれてゆく──。
19歳、新進気鋭の作家が放つ大阪ノワール

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