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レンザブロー インタビュー

作家 王谷晶さん

ガールミーツガール
冷静な当事者が生み出す、夢のように刺激的な物語

女×女の23編、タイトルは『完璧じゃない、あたしたち』、さらに作者は同性愛者であることを公言。フェミニズム再興のきざしが見えた刊行当時の社会的な潮流を抜きにしても、「何を見せてくれるの?」と気にせずにはいられない。多くの面で「これまでになかった!」作品が話題をさらい続けている。

完璧じゃない、あたしたち 王谷晶

『完璧じゃない、あたしたち』
ポプラ社/1,600円(本体)+税

 

王谷晶さん

【プロフィール】
王谷晶(おうたに・あきら)

東京都生まれ。著書に『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』などがある。

性愛関係に生まれる精神的な攻防を描く「Same Sex, Different Day」、ユースメイクと呼ばれる若返りの施術が一般的になった世界で生まれる葛藤「イエローチェリー・ブロッサム」、スーパーに突如ゾンビが現れて……古き良きゾンビ映画を思い起こさせるパニック劇「戯曲 グロい十人の女」など幅広い23編を収録する短編集、ただしすべての主人公が「女と女」だ。
実社会では結束を求められる女たちだが、作中の登場人物たちはすれ違ったり、反目したり、時には恋をしたりと好き勝手に生きていて、それは読者に無条件の力を与えてくれる。女同士の関係における無限の可能性、そんなパワフルでポップな夢を見せてくれる裏側には、どんどん閉じていく社会を冷静に見つめる作者の姿があった。


王谷―以前から小説の企画書をかきためていて、執筆の依頼を受けた際に、その中にあった企画の1つ、女性同士の関係縛りの短編でいかがでしょう?とこちらから提案したのがきっかけでした。そこからはとんとん拍子に話が進んだものの、おおよそ一般的な内容とは言い難いので、担当編集さんの反応を伺いつつおそるおそる一話ずつ「納品」しました。

23編のなかに一人として「典型的な」女性は登場しない。現実と同じく、一言で「こういう女」と言い切れない女性しかいないのだ。

王谷―フィクション上の女性像が、いくつかのパターンがあるだけの、固定的でリアリティがないものだと感じていて。それよりも実際の友人や知人女性の方がより多様で、面白いんです。どうして自分や彼女たちの人となりや生き様が、フィクションの俎上にのぼらないのだろうと考えた時に、自分の物語の中で「生っぽい」女性を描こうと決めました。

「趣味がセックス」の仲間を見つけ、末永く趣味と向きあっていこうと奮闘する「ヤリマン名人伝」も身近にいる人から着想を得たという。

王谷―精神的に自立していなくて、すぐ男の人にすがっちゃう……ようなイメージがこびりついていますが、あたりを見回すと、必ずしもそういう感じでもないんじゃないか?と思って。(笑)心身ともに健康で、向上心もあり、スケジュール管理もできないと続かないハードな趣味ですから、実はすごく「仕事のできる」ふつうの人に向いている気がしました。そんな長編の主人公にはなれないような人たちでも、この5000字の中ではスポットライトがあてられる。すると細部が書き込めるし、いいとか悪いとか白黒つけずに曖昧な存在のままでも描き出せる。それでいいと思うんです。

秘めたるプロパガンダ

子どものころからジャンルを問わず小説を読み、『グインサーガ』、『アルスラーン戦記』に衝撃を受けて以来オタクの道へ、その後も一読者としてフィクションや表現を愛してきたからこそ、現在のフィクションに対して向けるまなざしは非常に冷静だ。

王谷―今はリアルとフィクションが切り離しにくい、ネット世界に住んでいるようなものなので実感として本当にそう思います。自分はこれまで「つくられたもの」にどっぷり浸かって生きてきて、表現を表現として別物で楽しんできたけれど、一律の線引きが不可能な時代に突入したと感じています。だからこそ作品の中で具体的な問題を提起したいとき、「どう」描くかに戦略的にならざるを得ない。現実に与える影響を考えながら、そのなかで「伝える」可能性を探る、この配分は本当に難しくて……。

例えば、「イエローチェリー・ブロッサム」は若さと人間の価値という社会的なテーマを扱うが、設定はあえて近未来SFに近づけた。

王谷―言いづらいテーマほど物語の力を借りる理由は、ネットで喧嘩するとき、ストレートに意見すればするほど相手が閉じていってしまった実体験を踏まえてのこと。『完璧じゃない、あたしたち』においても、小説として面白く読んだら実は秘めたるプロパガンダ、という効果は意識しています。

「当事者性」が問われる段階

#Metoo運動をはじめ、これまで抑圧されてきた人たちから声があがりだした次には、「誰が」声をあげたのかに注目が集まるときがくるだろう。そんななかで王谷さんは「当事者だから」に固執しないという。

王谷―LGBT当事者であるということは、関連した問題を議論する上で、声をあげるのに理由がいらないというか、ある種の「便利」な部分はあります。ただ「当事者性」にこだわっていると視野がどんどん狭くなってしまう。当事者でないと創作において、例えば同性愛を扱えない、とは絶対に思いません。

今は次回作を執筆中だという。次の作品も、あっと驚く女性たちが登場しそうだ。

王谷―あえて性別でくくってしまいますが、「女の人」を幸せにする、そんな小説を描いていきたいと思います。次回作は長編に取り組んでいて、70代のおばあちゃんが大活躍するお話です。ちょうど自分の親世代の人たちを描いていますが、これもまた世間に流布する固定的な「年寄り観」をアップデートしたいという思いがあります。今のお年寄りはビートルズやディスコ世代で、彼女たちのカルチャーの源流は一般的なイメージよりもっと自由なはず。それを明らかにして、固定概念から飛び出した物語を綴りたいですね。

 
映像化コーナー

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