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レンザブロー インタビュー

作家 伊与原新さん

科学者とミステリ作家――
想定を超えた共通点とは?

 江戸川乱歩賞と横溝正史ミステリ大賞。ミステリ界の二大新人賞の最終候補に残り、史上初のダブル受賞か、と大注目。見事『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、大型新人としてデビューした伊与原新さん。受賞から3年、待望の書き下ろし長編『ルカの方舟』が刊行された。

 南米大陸の最南端・パタゴニアの氷床から採取された火星隕石に生命の痕跡が発見されたという。しかし、取材を進める科学雑誌の編集者、小日向(こひなた)のもとに「論文を発表した研究室の不正行為」を示唆する告発メールが届く。真偽を確かめようと大学を訪れた小日向は、実験室内でこと切れた教授を発見する。研究室に残されていたのは、方舟の形をした黒い物体。これは発見された隕石なのか? 論文ねつ造疑惑との関係は? 告発メールの「ルカ」とは一体何を指すのか? 教授の死は事故か、それとも――。

ルカの方舟 伊与原新

『ルカの方舟』
講談社/定価:1400円(本体)+税

 

伊与原新さん

【プロフィール】
伊与原新(いよはら・しん)

1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒。東京大学大学院理学研究科博士課程修了。
『お台場アイランドベイビー』(角川書店)で横溝正史ミステリ大賞を受賞。受賞第一作に『プチ・プロフェスール』(角川書店)を発表。本作が三作目。

写真 chihiro

 極めて閉鎖的な空間ともいえる大学研究室で働くポスドクたちの苛烈な競争とプレッシャー、最先端の地球惑星科学の研究事情や地球外生命の可能性に躍る研究者たちのロマンティシズムなど、リアリティあふれる描写が作品をさらにスリリングなものにしている『ルカの方舟』。普段あまり使用しない脳の部位が激しく活性化されるような、新しいサイエンス・ミステリともいうべき魅力にあふれている。さもありなん、著者の伊与原さんは神戸大学と東大大学院で学び、富山大学で研究してきたバリバリの元科学者なのだ。
「南極に行けるよ、という誘いにのって進んだ研究室は、地球惑星科学が専門で。小説にも出しましたが、ぼくは『地磁気』を専門にしていました。簡単にいうと採ってきた鉱物や岩石のデータを解析することで地球の歴史を解明していくという研究分野なのですが、まあ、すごく幸せな研究者生活を送っていたら小説は書いてなかったかもしれませんね(笑)」
 岩石試料を測定器にかけながら大量のミステリ小説を持ち込んで深夜の研究室で読みふけった。思いついたプロットをもとに初めて書いた小説が乱歩賞の最終選考に残った。横溝賞を受賞した『お台場アイランドベイビー』は二作目。実質三作目の応募作が『ルカの方舟』ベースとなっているという。
 小日向とともに調査に駆り出された科学者、天才・百地(ももち)理一郎のキャラクターがいい。小柄で童顔、年齢不詳の白髪頭で口癖(というか笑い癖)は「あは!」。どこかとぼけた魅力の持ち主だが、きっと伊与原さんの研究者時代にもこんな魅力的な理系男子がたくさんいたのだろうと想像される。
「直感を超えた直感の持ち主、本当に才能に恵まれている研究者って日本人も外国人もどこか似た要素や雰囲気を持っているな、ということは実感としてありますね。ただ、今『小説すばる』で書いているシリーズ(博物館ミステリ「標本収蔵庫の怪人(ファントム)」のキャラクター、箕作(みつくり)もそうですが、『変人の天才研究者』って、実はあまりバリエーションがない、というところが難しいんです(笑)」

 自動的にはわからない――尊敬する天才肌の教授の口癖だという。授業でも読書でも、読んだり聞いたりすれば「わかる」と思っている人は多いが、自分で考え発見していかないと本当には「わからない」。誰かに与えられたり見せられているものだけではなく、自分で見、とことん考えた先におぼろげに見えてくる何か、それがサイエンスの第一歩であり、世界の見方の第一歩じゃないか、と。どこかミステリに通じるものがあるように感じるが、サイエンスとミステリのアプローチは真逆だという。
「研究者は基本的に出し惜しみをしませんが、小説は違う。ミステリに限らず、どの情報をどこでどういう順番で出し、読み手を最後まで引っ張るか。よく担当編集者に指摘されます。『それ、出す場所が間違ってます』って(笑)。
 もちろん、論文より小説を書くほうが苦しいです。でも、何かが突然降りてくるという感覚は、岩石の物性を測定中、ある数値が想定を超えたなんとも美しい曲線となって現れる、というのと似ているところがある。良いデータは本当に美しいんです。思いもかけずそんな素晴らしいデータがとれる時の鳥肌がたつ感じは近いかもしれません。そんな奇跡のような1行やトリックが降りてきてくれることはまだまだ少ないんですけど(笑)」
 だからこそ、最後の一行が書けるのが本当にうれしい、と静かに微笑む伊与原さん。「ファントム」シリーズを含め、現在進めている作品は4本。次回作ではもっと美しくもっと震えるような知的興奮を、と読者のハードルが高くなっていくのも、研究者と小説家のあまりうれしくない共通点かもしれない。

 
映像化コーナー

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