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レンザブロー インタビュー

作家 加藤元さん

小説だけが必要とする「嘘」を、「笑い」とともに書いていく

 上梓した単行本はまだ三冊。だが、「世間的には駄目人間と目されるような登場人物たちがめっちゃ生き生きと描かれる」独特の作風にハマってしまった人は多そうだ。
 特に三冊目、七編の短編が並ぶ『嫁の遺言』では本領発揮。<ちいさく、みみっちく、弱くてずるく、それでいてたくましい、人の姿と営みをあますところなく書いていく>という角田光代さんの推薦文のとおり、人間の不器用さ、身勝手さ、生きていくことのままならなさをすくいとる。
 老朽化の進んだ名古屋郊外の理容室を切り盛りしてきた母親の秘密。同級生の結婚式で再会した初恋の相手。病院を脱走し競馬場に逃げ込んだ男を追う女……。特別な人物は登場しない。町場の、ありふれた風景の中に生きる人たち。けれど現実がそうであるように誰ひとり同じ人生を生きる者はいない。たとえ一見、どうしようもなく不幸の匂いをまとうような恋や家庭であっても、誰がそれを幸せではないということができるのか……そんな問いとともにふいに差し出される真実の味わいの、その多彩さ、手練ぶりに読み手は何度も感嘆させられるのではないだろうか。

嫁の遺言 加藤元

 

加藤元さん

【プロフィール】
加藤元(かとう・げん)

1973年神奈川県生まれ。日本大学芸術学部中退後、フリー編集者などの職業を経て、2009年、第4回小説現代長編新人賞を「山姫抄」で受賞。
2010年、書き下ろし長編『流転の薔薇』で注目を集める。
2011年、初の短篇集『嫁の遺言』が話題に。
2012年、4冊目の連作集を上梓予定。

撮影/三澤武彦

「自分では駄目な男やどうしようもない女を書いているとは思ってないんです。あれ? こういうの普通じゃない? って。ただ、そこに何か世間とズレがあるとすれば、父親がこう、全方位的に暴力的だったり、借金がヤバかったり、仕事をさぼりまくっていたってことの影響は大きいかもしれませんね。ただいま行方不明だったりもするんですが(笑)」
 中学校のころから学校にはあまり行かなかった。引きこもっていたわけではない。朝、制服を着てバスに乗る。ひとり向かう先はいつも名画座のある町だった。
「再開発前の大井町駅前に大井武蔵野館というのがあって、そこには本当によく通いました。今村昌平やら片岡千恵蔵やら昭和の映画の特集上映がメインですが、これがまさに玉石混合で(笑)。しょうもない映画の時はロビーに出ておっちゃんらにジュースおごってもらったりして。映画館で一日中過ごせた時代でしたね」
 今でも高校を卒業できない夢を見るというが、かろうじて進学した日大芸術学部文芸学科も中退(正確には学費未納による除籍)。さらに職を転々としながら、デビューに至るまで十年以上かかっている。
「生活に追われていました。配達のアルバイトやスーパーのレジ打ち、スナックや経理仕事などいろいろやりましたが要するに何をやってもうまくいかない」
 唯一少しだけ続いた仕事、フリーの編集者として所属したプロダクションの上司に「小説家になりたかった」ことをうっかりぽろり。以来ことあるごとに「や~い、作家志望~」とからかわれる日々のなか、やっぱり書きたいと思ったという。30歳を過ぎていた。
 デビュー作、第4回小説現代長編新人賞を受賞した『山姫抄』の舞台は、山に消えた女たちの伝説が残る奥深い田舎町。そこで一風変わった男と暮らし始めた女が、禁忌の山の民俗伝承と男の秘密に絡めとられていく様を緊迫したタッチで描いた問題作。受賞第一作書き下ろし『流転の薔薇』は、<銀幕の花嫁>として君臨した伝説の女優の一代記。戦前戦後の日本映画界を通じて、時代をたくましく生き抜いた女たちを追った意欲作となった。いずれも失業時代に夢中になったという柳田國男や不登校期の経験を見事に結実させた作品といえそうだが、さらに特筆すべき魅力として、シリアスなテーマの中でもどこかユーモラスな匂いが漂うところがある。
「性分です。人生、笑ってもらってナンボといいますか。笑っていただかないとどうしようかという気になってしまうんですね。どうも変な人や事件を引き寄せる体質でもあるようで、友人がいつも驚きます。『なんであんたはいつもこういうおかしな目にあうのか』と。ちなみに、世話になった編プロの上司も連絡が絶えて、今では知人の誰もその消息を知りません(笑)」
 ふいに訪れる奇跡のような瞬間でさえ、どこか「おもろい」。絶望とともに訪れる涙の裏に「おかしみ」が見え隠れして、読んでいるといつのまにか泣き笑いのような顔になってしまう読者も多いのではないだろうか。
 伊集院静氏は、単行本の帯にこう寄せている。<表題作の「嫁の遺言」を読んで、"おもしろかなし"と声が出た。「おかえり、ボギー」を読んで"かなしおもしろ"と思った。人生はこのふたつでしかり。見事な短篇集である>。
 二十代の頃より十代が、それよりさらに昔、自分が「子ども」だった頃のほうがもっと辛かったという加藤さん。出口の見えない感じを、ただ抱えるしかなかった、あの真っ暗な夜が忘れられない。今は、どこかに出口らしきものがあるということを知っているという一点で「年をとってよかった」と笑う。
「受け入れ切れないことはたくさんあります。でも、カリカリしたり許せないって後ろを向いてもしょうがない。すべてを受け入れてなお生きてかないと、という開き直りのようなものがありますね。それを良い形で作品にしていきたい。すべてハッピーエンドで終わることが良いとはちっとも思いませんが、小説には小説が必要とする「嘘」がある。小説だけが必要とする「嘘」を大切にして書いていきたい」

 
映像化コーナー

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