• twitter
  • facebook
  • インスタグラム
  • RSS
 
 

2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years2.43 清陰高校男子バレー部 next 4years

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

第一話 砂漠を進む英雄

12. GIVE OUT LIGHT

 やばい……やばい……やばい……。ブラインドタッチで入力は続けているが、画面が滲んでただでさえ細かい数字や図表が読めない。試合中だっていうのに。インプレーの合間に越智は一度マイクを切り、リュックからポケットティッシュを探しだしてはなをかんだ。

「八重洲がセット落としたの初めてじゃね? 最初に土つけたのが欅かあ。すげぇな」

「八重洲の全勝とめたら慧明か横体が優勝さらうかもな」

「ていうか欅ももしここ勝ったらまだ全勝で優勝絡むぞ」

「えっまじで? 欅って今全勝?」

「星取表見てみ」

 背後の席でのんきに交わされる他校の部員の会話を聞き流し、プレーがはじまると再びコートに集中する。

 福田のCクイックが選択肢に入ったことで灰島の超精密なバックセットが活きるライト側の攻撃の幅が広がり、ブロッカーにかかる負担が増している。さらにレフトからは三村、バックセンターから黒羽。二人がほぼ同時に両腕をバックスイングして踏み切り体勢に入った。センターで構える破魔はまが細かく首を振って両者を見比べ、正面の黒羽に対してびくっと一瞬反応した。三村の前に道があいたと見た灰島がすかさずレフトに長いフロントセットを飛ばした。

 と、破魔が一瞬の遅れを取り返すような猛烈な一歩をレフトへ踏みだした。ソールのラバーが焼け切れるのではないかという摩擦音が一つ、スタンドまで突き抜けた。

 鉄の塊のような重い壁がゴォッとセンターからレフトへスライドしてくる。サイド側を塞いだ大苑おおぞのとのあいだを一気に詰めて三村の目の前で壁が閉まる。身体をくの字にたたんで右腕を振り切った三村の頭上でボールがブロックに激突した。跳ね返した──いや、最後に残った隙間を抉るように急回転しながらブロックの裏にねじ込まれた。

 正面衝突で八重洲のブロックが力負け……!

 全身に鳥肌が立ち、キーを叩きながら越智は思わず身震いして背筋を伸ばした。

「うお、破魔が突き破られた」

「欅って23番と24番が目立ってたけど、9番今日すげぇな」

「三年? そんなでてない奴だよな?」

 ──三村統。福井の“悪魔のバズーカ”じゃ。覚えとけ。

 後ろの会話に割り込みたいのをこらえて心の中で言い放つのにとどめた。いきなり振り返って豪語したのが涙ぐんだ敵チームのアナリストではわけがわからない。

 自他共に認める福井の絶対的エースとして、多くの仲間に慕われ囲まれていた高校時代が思いだされる。決して順風満帆ではなかったし、越智が思い返す限り苦しいときのほうが多かった。けれど、いいときも悪いときも、仲間に勇気を与える力強い笑顔がどんなときでもコートの上で絶えることはなかった。

 あの頃を彷彿ほうふつとさせる三村の姿を、今日、大学のコートで越智は見ている。

 まさにあそこにいる灰島や黒羽に敗北を喫した高校最後の試合から二年半。人に弱音を漏らすことを意地でもとせず、あいつが一人で呑み下して耐え忍んできた時間が、どうかどうかどうか、報われる日が来てくれと……あの見栄っ張りの願いを汲んで越智も胸にしまいながら、この二年半でどれだけ祈ったことか……。

 欅舎のメンバーが三村を囲んでコートの中央に集まる。仲間を迎えて大きく広げた三村の両腕から散った汗が照明を浴びて光を振りまくと、三村から仲間へと光の傘が広がったようにスタンドからは見えた。

 高校の頃と同じ姿かというと、正確にはそれも違う。

 高いブロックと勝負できているのは試合後半に入ってもジャンプ力が落ちていないからだ。単に怪我を治してジャンプ力が戻っただけではない。

 三月生まれの三村は同期の中では一番遅れて先月ハタチになったところだ。十七歳から二十歳──少年から成年の体格に変わっていく時期にジャンプを制限され、ウエイトや体幹トレーニングに費やすしかなかった結果として、激しい試合の中でベストパフォーマンスで跳び続けられる筋力が備わり、ブロックに打ち勝つ体幹の強さが備わった。

 リハビリ期間中に背が伸びたことも、あのころきっと暗闇の底で歯を食いしばって這いあがろうとしていた三村にとって、ひと筋の光明が射したような思いだっただろう。それを見失わずに顔をあげて見据え続けて、ここまで戻ってきたんだな……。

 “悪魔のバズーカ”が、このコートに戻ってきた。

 奇跡みたいに……今日ここで、越智の目の前で。

『やべぇやべぇやべぇ……』

 ヘッドセットに通信が入った。自陣ベンチに目をやるとセンターライン寄りにある監督席から離れた端の椅子に座った裕木ゆうきが手でマイクを覆いつつ堅持けんもちの横顔を窺っている。

『監督の怒りMAXだ』

 堅持は厳めしい顔をぴくりとも動かさず腕と脚を組んでコートを睨んでいる。あそこに席を並べていなければならない裕木のいたたまらなさを想像すると安全なスタンドにいる自分が申し訳なくなる。

「すいません、おれもさっきのセット最後なんも送れんくなってました」

 欅舎の予想以上の健闘に有効な対処ができず、デュースに持ち込まれてからサイドアウトを落ち着いて取り返せずにそのまま逃げ切りを許した。リーグはまだ中盤戦で下位ランクの相手としかあたらない。完全勝利して当然、という慢心からの油断が多少なりともあったのは否めない。堅持が嫌うものはたくさんあるが、慢心はその一つだ。

 そもそも常に眉間に深い皺が刻まれているので機嫌の昇降が見た目でわからないしセット間に堅持がなにか言うことはなかったが、フロアの選手とスタッフは全員──神馬かんばや大苑、表情を変えない破魔ですら、堅持の怒気を察して第四セットの八重洲は硬い滑りだしになっていた。

 日本代表選手とはいえど同時にまだ学生だ。メンタルもプレーも完璧ではない。

「灰島の狙いはA1(Cクイック)使えるようにしたことでレフトとbickを通すことです。逆にライトは少ないんで、直澄なおずみと神馬さんセンターに寄せて破魔さん・そんさんがレフトに行けるようにすれば……」

 言っているそばから灰島がバックセット! 「Cクイック!!」と越智はとっさに声をあげた。灰島の裏から入ってくる福田をとめに行った神馬・孫の目の前をトスがびゅんっと通過した。「──あっ!?」

 ライトだ! 神馬が福田に跳びかけたので孫も神馬に堰きとめられてライトに行けない。ライトいっぱいまで伸びたトスをオポジットの柳楽やぎらがノーブロックで決めた。

 隠し球をここまで引っ張っていやがった!

「くっそ、やられた! 灰島!」

 通信が繋がっているのもつい忘れて越智は悪態を吐いた。

「ひゃっほう! 役満来たあーっ!」

 わざと神経を逆撫でしてくるような染谷の大声に、なんなんだこいつはと歯軋りして横の席を一瞥いちべつした。

 第二セットで福田のCクイックを印象に刻み、第三セットでそれを活かしてレフトスパイカーの攻撃を通すことが灰島のシナリオだと思っていた。だがそれで終わりではなかったのだ。第二セットのミドル、第三セットのレフトを伏線にして、第四セットでライトを通す──灰島は長いシナリオを描いていた。これで灰島が駆使できる幅が最大に広がった。

 大学一年生がそこまで考えるか? 考えるだけならまだいい。描いたとおりに実行してみせるか!? まるで掌の上でゲームを自在に転がす、バレーボールの神様みたいに。

 第二セットから投入されて順次好プレーを見せてきたリザーブメンバーの中でオポジットの柳楽だけはまだ目立った活躍がなく、波に乗り切れていないと踏んでいた。会心のガッツポーズで吼えた柳楽にコート上のメンバーが押し寄せ、入れ替わり立ち替わり頭を撫でまわした。

 灰島一人がいち早く輪から抜け、八重洲コートを睨みつけて唇の端をめくりあげるような好戦的な笑いを浮かべた。あいつがバレーボールの神様だなんて認めたくはない。どっちかというと魔王だ。

 ……だが、ベンチをあたためる役目に甘んじていたリザーブの選手たち一人一人の力をこの試合で引きだしているのは、間違いなくあの天才のトスでありゲームメイクなのだ。

『こんなとこで一敗つけるわけにいかねぇぞ』

「なにか突破口見つけます──」

 越智は素早くキーボードを叩いてデータを表示した。選択肢がさらに増えてブロックが迷ってしまっている。どこか一つでいい、有効なゾーンをとめて、そこから落ち着きを取り戻していってもらうしか……。目を皿にしてデータを睨むが、早くなにかベンチに送らなければと焦るせいで余計に頭が真っ白になる。

 黒星がつくのは論外だ。フルセットに持ち込まれるだけでも得失セット率が下がり最終結果に影響する。慧明や横体大という拮抗きっこうするライバル校が虎視眈々と優勝を狙っている中、勝率で勝負がつかず得失セット率にもつれ込むことは十分に考えられる。落としたセットは仕方がないが、3-1で必ず勝たねばならない。

 灰島が九メートルの幅を最大に駆使できる状況を作りだしたためどこからでも打ってくる。福田が下がっているのでCクイックはないが、灰島がフロントのためスロット0からのツーまで警戒せねばならない。

 九メートルをブロッカー三人で塞ぐのは物理的に不可能だ。選択肢を落としていきたい。辻はブロックは決めているが福田に比べてクイックは今日ほとんど打っていない。サイドのほうが調子があがっていて広く振れる今、ミドルの可能性は考えなくていい。

 破魔も同じ判断をしたのだろう、サイドのどちらかにあがるトスを慎重に待った刹那──破魔の目の前でAクイック! ってここで使うのかよっ!

 やはり右利きのクイッカーにとって最速で打てるのはAクイックだ。灰島からあがったボールを辻が最短距離で打ち抜く。だが右にも左にもまだ振られず構えていた破魔が真上に跳び、一拍遅れながらも指に引っかけた。日本代表ミドルの意地でノータッチでは通さない。

 ワンタッチボールを壁際まで追っていった太明たいめいが繋いだものの、攻撃で返せるボールにならない。チャンスボールを欅舎にくれることになる。せめて灰島にワンを取らせようと短いボールを返す──と、灰島がボールを待つどころか助走をつけて自分から前に突っ込み、ネット上を通るボールを八重洲側に直接打ち返した。相手が落ち着く時間を与えずたたみかけるときだと心得ている。あの勝負勘はなんなんだ!

 ダイレクトで叩き込まれてはブロックはなにもできない。しかし即座にネット前から下がって腰を落とした破魔が身を投げだして拾った。大柄な身体が機敏に横一回転すると同時にボールはコートサイドへ飛び、自陣ベンチの頭上を越える。

 と、コートエンドから全力疾走で戻ってきた太明がその足でカーブを切ってサイドラインを駆け抜け、休む間もなくまた外に飛びだしていった。

『監督! 危なっ……!』

 裕木の焦った声が越智のヘッドセットを突き抜けてきた。

 堅持が監督席でとっさに背中を丸めて頭を低くした。まっすぐ突進してきた太明がその堅持の背中に両手をつき、開脚姿勢で跳び越えた。『ひえっ』裕木の裏声と「うげっ」越智の濁声が重なった。

 馬跳びの要領でベンチの背後に着地するなり太明が床を蹴ってダイブしたが、

 ピィッ!

 腹から床に滑り込んだところでホイッスル。ボールには追いつけなかった。

 味方のベンチもコート内も蒼ざめていたが、この一幕にスタンドで見ていた人々からはぱらぱらと拍手が送られた。床の上で起きあがった太明が正座したままくるっとベンチ側に向きなおるなり土下座して拝み倒すのを見て笑いも起こった。

 堅持は結局一度も椅子から尻を浮かせなかった。顎で太明に早く戻るよう指示し、姿勢を戻して再び脚を組んだ。

「太明おもしれー。金髪バカ」

 と後ろの席の連中は無責任に面白がっていたが、越智としてはベンチで頭を抱えている裕木が気の毒でしかない。

 ベンチまで歩いて戻ってきた太明がどの面下げてなんだか裕木を慰めるように肩を叩いた。恨めしげな裕木に口を寄せてなにかひと声かけると、主審にもへらへらと会釈してコートに入った。

 太明をタッチで迎えた破魔の顔に、驚いたことに笑いが浮かんでいた。タッチを交わしに来た大苑や神馬の表情もほぐれていた。

 現大学ナンバーワン・リベロと呼ばれるプレーヤーは西日本にいる。慧明の弓掛の福岡時代のチームメイトだった伊賀桜介いがおうすけだ。神がかった反応でボールを拾いまくるスーパーリベロで、伊賀がいるコートにはボールが落ちないと本気で言われている。

 それに比べると太明はもとはウイングスパイカーでリベロ経験は浅い。リベロに転向したのは去年のシーズン終盤だ。日本代表スパイカー勢の背中を守る守護神にしては、リベロとしての能力自体に伊賀のような際立ったものがあるわけではない。別の意味で悪目立ちはしているが……。

 後衛から前衛を盛り立てるように太明が手を叩いて声を張りあげた。

「落ち着いてこう! 背中は守る!」

 前衛三人で九メートルを守るわけではないのだと、それで越智も思いださせられた。

 欅舎のサーブで試合が再開してからどっと疲れたみたいにベンチに座りなおした裕木から通信が入った。

『越智。16番(福田)のA1って7か8にしか来てないって太明が。なんか傾向あんのかな』

「……! 待ってください、確認します」

 パソコンに食いつくように覆いかぶさってデータをだした。

 コートを三メートル四方の正方形の空間ゾーンで3×3に分割した場合、中央のマスが「ゾーン8」に割り振られる。「ゾーン7」がそのレフト隣のマスだ。太明が気づいたとおり、福田のCクイックの着弾地点はたしかにゾーン7と8の二パターンしかない。

 ローテとデータを見比べて浮かびあがってきたことがあった。

「アプローチか……?」

『なんかありそう?』

「ちょっとだけ時間ください。映像も見ます」

 データを入力・分析し、映像との紐づけができる「データバレー」というソフトウエアを多くのアナリストは駆使している。データバレーの画面上で福田がCクイックを打つ前後数秒の映像だけをコマンドで切りだして再生する。

 やっぱりアプローチ(助走コース)だ──ローテのどこにいるかによって助走コースは変わる。福田がレフトから灰島の裏にまわり込んで打ったときの着弾地点はゾーン7。ライトからまっすぐ入って打ったときは、ゾーン8。この試合のみのデータではあるが、並べてみれば明白な傾向がある。

 見つけた……! 対策の糸口をやっと掴んだ。まばたきもせず映像を見比べながら並行して現在進行中の試合のコードも入力している。集中力が自然と高まり頭が急速に回転しはじめた。

「アプローチで完全にわかります。ライトから入ると8にしか打ってません。レフトからだと7。このコースしか打てんのやと思います」

 所詮生兵法なまびょうほう。未完成なCクイックだ。破魔のCクイックのような自在の打ち分けはできない。

『おし、これで対策できる。お手柄、越智』

「太明さんのおかげです」

 スパイクコースのデータは基本情報として取っているが気づけなかった。どうしても焦る試合中に情勢の変化に応じてデータのポイントを見つけだすのは越智にはまだ簡単ではない。

 裕木がアップエリアに下がっている孫をベンチに呼んで作戦を伝える。そのあいだにも試合は進んでいる。

 欅舎コートで灰島にボールが入るやレフトにトスが飛んだ。クイックとbickをマークしてセンターで構えていた破魔がトスと並走するように移動する。先に三村をマークして走っていた大苑の横まで寄り切らずに破魔も跳び、二枚ブロックが一枚分あけて壁を作った。

 三村がその隙間をぶち破るように打ち抜いた。が、抜けてきた場所に太明がいる。胸を穿つようにズドンッと突き刺さったボールを太明がしっかりあげた。

 ブロックとディグが精密に連係したポジション取りが首尾よく嵌まった。セット序盤の硬さがほぐれ、灰島のトスに振りまわされることがなくなっている。

 三村のスパイクの威力にのけぞった上半身をバネが返るように戻すなり太明がネット下の守りに飛び込む。スパイカーとブロッカーが逆転し再びネットを挟んでぶつかりあう。

「破魔破魔破魔! って神馬か!」染谷が独り言を大声で叫んだ。

「よし、ノーブロック……!」越智は口の中で独りごちた。

 神馬のbickに福田がつけず、ノーブロックで欅舎コートのど真ん中を叩き割った。

 八重洲16-13欅舎。第三セットで欅舎が掴んだ流れを八重洲が押し返し、このセットも突き放しにかかる。

 孫が裕木に背中を叩かれてベンチから飛びだした。コートに戻ると真っ先に太明に駆け寄って手短に耳打ちする。太明がベンチの裕木とアイコンタクトを交わした。

 欅舎は福田がフロントレフト。Cクイックを打つにはフロントライトの灰島の向こう側までまわらねばならない。

 さて、うまく嵌まってくれよ……。

 まずは破魔のサーブで崩す。左腕さわんから打ち込まれたボールが欅舎コートを襲う。時速で一一〇キロ以上、インパクトから一秒未満でネットを越えて到達するスパイクサーブを福田がかいくぐりながらレシーバー陣の前を横切って移動するため、アプローチの角度が極めて限定される。

 三村がレセプションするが、ここは破魔のパワーが勝った。真正面で受けたがまるで太明の仇討ちとばかりにボールが胸で爆ぜ、こらえる間もなく吹っ飛ばされて後ろでんぐり返り。だがボールはアタックライン上空にあがった。

 三村ではレセプションは崩れない。ただスパイカーは一枚減らした。灰島が自在に操る九メートルの幅からレフトを削り取ったのは大きい。レフト側のマークを切れればブロッカーの負荷が大幅に軽減される。

 Cクイックの着弾地点は裕木と話したとおり絞られているので太明がゾーン7のライン際に入る。福田のCクイックと柳楽のストレートは太明がフロアで拾う。前衛レフトの浅野は柳楽のクロスを締める。三村のマークを切った大苑が中に寄る。

 一分の隙もない守備が敷かれた──両手の指に触れたボールを一瞬ではじくあいだに八重洲の守備を把握した灰島が残った選択肢、黒羽のbickを使った。迷わず反応した孫・大苑が黒羽をどシャット!

「よっしゃ!」『よーっし!』

 自分の声とヘッドセットに聞こえた裕木の声がかぶった。太明がスタンドに向かって親指を立てた。やっと四年生の役に立つ情報を送ることができ、ひとまずの達成感で越智は頬をゆるめてスタンドから会釈した。

『9番狙ってもレセプあげられてるな。狙い変えるか?』

 裕木も今やはっきり三村を大黒柱と目している。

「いえ。9番に打たせたら打ち切られてます。9番が決めると全体が勢い乗ってもてますし、今みたいに潰して打たせないようにしてきましょう」

 勝たせんぞ……統。

 心拍数があがり、キーボードの上に置いた手が汗ばむ。濡れた目は気づくとすっかり乾いていた。

「こっからこっから! 焦らんで大丈夫や! いけるいける!」

 欅舎のコート上で真っ先に声をだしてテンションを盛りあげる三村の姿があった。

 第四セットも八重洲17-13欅舎。セットカウントは2-1。このセットを取れば勝利する八重洲が引き離しはじめたが、三村はまだなにも諦めていない。

 勝てると本気で信じて仲間を励ましているのか? 試合が進行するにつれ逆転可能な猶予は刻一刻と減っていく。「ここから」と言える点数がいつまでも続きはしない。

 ああ……おまえが言う「ここから」は、この試合で結果がでるものではない。もっと先の長い「ここから」なのか……。おまえにとっても、今までなかなかコートに長く立つチャンスを得られなかった、他のメンバーにとっても。

 “誰も泣いて帰らないでいい”──開幕日に浅野に聞いた言葉が、浅野の涼しげな声で脳裏を流れていった。

 トーナメントとリーグの違いだ。今日手にしたチャンスは今日使い切らねば失うわけではない。次へ活かす場へ繋ぐことができるのがリーグだ。

 灰島がいてすら今の欅舎の力で八重洲の牙城は崩せない。しかし、半年後の秋季リーグや冬の全日本インカレの頃までに、このメンバーでもっとチームを仕上げてきたら……?

 いつかまた人をよろこばせるようなバレーがしたいと手術前に三村は言っていた。光のあたるコートで、満杯の会場をわかせられるような。

 三村という人間の強さの理由はなんなのかと越智はずっと思っていた。三村の内側にあるものは決して明るさだけではない。闇も内在していることを越智は長いつきあいで知っている。なのに、自分の闇に呑み込まれずに、表に放つのは圧倒的に光なのだ。その光が照らす場所に惹かれた者たちが自然と集まってくる。

 なあ、統……わかってるのか? おまえはその肩にまた大きな荷物を背負おうとしてるんだぞ。自分の身一つのためだけに這いあがってきたこの二年間とは違う。まわりの人々の願いや未来まで背負い込んで、巨大な重力に押し潰される場所を、結局また自分で作ろうとしているんだぞ。

 強者きょうしゃであり続けることの理由なんて、おまえの中にはないのかもな……。

 誰かに役目を求められたわけではなくとも、自ら望んで背負いに行くのは、もうおまえのごうのようなものなのかもしれないな……。

 おれもまたおまえの光に惹かれて、おまえとともに在りたいと思った一人だ。

著者プロフィール

壁井ユカコ【かべい・ゆかこ】

沖縄出身の父と北海道出身の母をもつ信州育ち、東京在住。学習院大学経済学部経営学科卒業。第9回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、2003年『キーリ 死者たちは荒野に眠る』でデビュー。「2.43 清陰高校男子バレー部」シリーズの他、『空への助走 福蜂工業高校運動部』『K -Lost Small World-』『サマーサイダー』『代々木Love&Hateパーク』「五龍世界」シリーズ等著書多数。

閉じる

  • twitter
  • facebook
  • CX^O

ページのトップへページのトップへ

関連サイト

 

© SHUEISHA Inc. All rights reserved.